お墓作りを終えたのは、時計が午前零時の頃を三分ほど過ぎてからだった。春先だというのに身体を動かしたせいで汗をかき、肌が少しだけ湿っている。土が付いた手で流れてくる汗や涙を拭ったので頬には土の汚れがあった。達成感による長いため息をついて、今度は制服のシャツで頬を拭いた。白い生地に茶色い染みができる。背後で置き去りにされていた足音が砂利を踏む。

「な、なあ……。もう、終わったん?」

 不安そうな声が夜風で揺さぶられる。

「終わったよ、ずっと待っていなくても、よかったのに」
「だっても女の子なんやし、こんな夜中に一人にさせられへんやろ」

 みかくんがポケットから取り出したハンカチが私の頬に当てられる。そこを濡らしているのが涙か汗かわからない。土もついてしまっているのに、清潔なその布を躊躇いなく使ってくれるから、鼻の奥がつんと痛くなって目の奥の熱がぶわっと爆ぜる。

「んあ!? な、な、泣くん?」
「もう、泣いてる、から」

 目の前の細身の男の子は心底困らされている様子で、だけど慌てながらも、一粒一粒を丁寧に拭ってくれるから、この心の重みをすべて預けてしまいたくなる。
 冷たくなった小さな動物を膝に乗せたまま電話をかけたときも、息せき切ってここに来てくれたときも、ずっと泣いていたから、目がぷっくりと腫れてじわじわと痛い、熱い。啜りっぱなしの鼻水に溺れさせられて、口での呼吸を繰り返していたから喉が乾いてひりついている。

「泣かんといてや……。おれ、に泣かれるとほんまに困ってしまうんよ……」
「だ、って、しん、死んじゃ、て」
「寿命なんやろ? しょうがないことやんか」
「そ、そういうこと、じゃ」
「……こっち、おいで」

 零時を過ぎた真夜中の暗闇にじっと建っている家の中にはだれもいない。朝、学校へ行く前に作った肉じゃがはコンロの上で冷たくなっているだろう。
 私が育てていたあの動物も生きていたのが嘘みたいに冷たく固まって、でも柔らかな毛の間には体温が生きていた証拠を残していたから、目が痛くなるくらいに泣けてしまったのだ。

 掴まれた手をひどく優しく引っ張られる。私の頬はみかくんのブレザーをしとしと濡らしていく。人との交流があまり得意じゃない彼がこうして私を包んでくれるから、不幸な状況を利用するみたいに最大限で甘えてしまう。そんな自分のことを、どうしたって好きになってあげられない。

「今度は生き物やなくて、ぬいぐるみにすればええやん。ぬいぐるみは死なへんよ」

 顔を埋めていたブレザーから離れて顔を上げると、彼の好んでいない綺麗な目が困ったように笑っていた。みかくんを形作るすべてのものが美しく、宝物のように感じているから、たんと褒めてあげたいのに、そうすると左右で色の違う目は傷ついたように歪むのだと考えると、言葉は声になるまえに空気になって消えてしまう。私のせいでみかくんが傷つくのが嫌なのではなくて、みかくんに嫌われて平気でいられる自信のない、私のどうしようもない臆病さのことだ。

 それでも、お墓を作っているとき、まだ見捨てないで私の傍にいてくれているのを確認するために何度も背後を振り返った。強く見つめた、見つめたまま時間が過ぎていった。人の目線が絶え間なく注がれるのを好んでいないはずなのに、一度だって目を逸らさずに見守っていてくれたから、勘違いしそうになるの。こんなちっぽけなことに理由をこじつけて、みかくんが戸惑うたびに嬉しくなる。
 みかくんの仕草から、みかくんに好かれているであろう可能性をかき集めて、その小さなことだけを食べてどうにかこうにか生き長らえていく、なんて。

「……やだ、そんなの」

 吐き出した声が不格好に濡れている。息が熱い。

「ぬいぐるみは死なないし私を嫌いにならないけど、でも私はなんの努力をしなくてもいいでしょ。好かれようとしたりだとか、ごはんをあげたり、トイレの掃除をしたり……。でも、でも。私は、好かれたいから」

 夜にいきなり呼び出して、何時間も耐えてくれた。私はずっと泣いていて最初から最後まで自分勝手だったのに、みかくんは説教をするでもなく、手を貸すのでもなく、ただ黙って見つめてくれていた。最後に拭ってくれた頬はまだまだ乾きそうにもないけれど。

「みかくんにも、好かれたいの」

 綺麗な虹彩を驚いたようにぱちぱちと瞬かせるみかくんの裾をぎゅっと握る。仰ぎ見た男の子の頬に赤色が差し込んだ。





 翌日、目を冷やさなかったせいでとても外に出られる見た目をしていなかったため、学校をさぼって布団にくるまって過ごした。冷えたまま放っておかれていた肉じゃがを温めて食べると気分もそこそこ落ち着き、昨日のことを謝ろうと思いみかくんに電話をかけようとしたが、やめた。
 携帯をテーブルに戻したところでインターフォンが鳴り、心臓が飛び跳ねる。

「あ、えと、……」

 腫れて見苦しくなった目を見て、腰が引けたように言い淀む。一歩後ろにさがった足が宙を浮いたまま止まり、もとの位置に戻った。
 みかくんの背後を一羽の雀が横切る。顔の前に突き出されたカフェオレ色のぬいぐるみが鼻先にくっつく、くすぐったいよ。

「おれは、生きてるもんの方がええとか、ようわからへん。せやけど、可愛いものを大切にしたい気持ちは、おれにもわかる気がする」

 寝不足で充血した目が気遣うようにして私を見つめる。昨日とおなじだ。

「……ぬいぐるみも可愛いやろ?」
「うん、可愛い。ありがとう」

 夜を徹して作ってくれた片手で持てるサイズの小さなくまのぬいぐるみを、両手でしっかりと抱きしめる。額を寄せたみかくんの肩口からはかすかに土の匂いがした。

 どうしようもなく哀しくなるひとりの夜。潜り込んだ布団のつめたさに心臓が冷えるとき。ひとり分の夕飯が寂しい夕暮れ。
 首を緑色のリボンで飾られたくまのぬいぐるみを通して、みかくんの双眸を思い出している。照れたり戸惑ったりするのに決して逸らさない視線が、ずっと私を生かしている。