お風呂からあがり、適当な部屋着を身につけて脱衣所の扉を開き、キッチンの方を見ると、大真面目な顔をしたリオが慎重な手つきで冷たいココアを作っていた。真剣に取り組んでいるのを邪魔するのも憚られて、湿った足でぺたぺたと歩き、リオの隣に並ぶ。ふたつのグラスの中に、濃い茶色の液体と一緒にいくつかの四角い氷を浮かべたら、リオは「できたぞ」と言い、ひとつ、差し出してくる。

「ありがとう。美味しそう……」

 立ったまま飲もうとするとやんわりと静止され、ソファに座るよう促される。数年前に値段の安さで選んだソファはそれなりにくたびれて、柔らかくなりすぎているらしく、座り心地はあまり良くない。
 劣化したソファをごまかすように敷いたクッションの上にお尻を乗せて、リオが作ってくれたココアに口をつける。私がひとりで作るココアよりもとろりとしていて、甘い。日中の暑さで疲れた身体のすみずみに、冷たくて甘い液体が行き届く。

「リオの作ったココアが一番美味しい」
はいつも大げさだ」

 ココアのもとに、チョコレートや生クリームを加えることを、リオは幼いころの記憶に習ったらしい。美味しいと絶賛したら、母親が淹れてくれたのだと嬉しそうに教えてくれたから、昔の幸せな記憶がちゃんとあることにほっとした。それは、今よりも寒い日で、ココアには氷が浮かんでいなかったし、私はこんな薄着をしていなかった。

「そんなことないよ。リオはたぶん、ココアでお店を開けると思う」

 なにごとも手際がいいし、すぐにレシピを覚えて応用もできるから、ココアだけではなく、お菓子だって作れるだろう。
 初めてリオのココアを飲んだあと、あまりの美味しさにまた飲みたいとせがんだら、リオはしょっちゅう作ってくれるようになった。やがて、まだ眠気が取れない朝や、疲れてお風呂に入るのも億劫な夜に、お願いをしなくても淹れてくれるようになった。
 つま先をソファの上に引き上げる。足を折りたたみ、背中を丸くした。飲み終えたグラスをテーブルの上に置いて、指先を掴む。冷たいものを飲んだばかりだけど、足先はほかほかとあたたかい。

「冷えたのか?」
「ううん、全然。ほら」

 リオに止められなければ、キッチンで立ったままココアを飲んでいた私は、たぶんリオよりも行儀がよくないから、掴んでいた足先を隣に座るリオの太ももにくっつける。眉を寄せる反応は予想済みだった。暑さ対策にショートパンツを履いているくせに、足癖が悪い。膝にかかる長さのズボンの上から、リオの硬い足の感触を確かめる。

「今日、すごく暑いから。冷えてないよ」

 くっつけた足を、どうするかな、と成り行きを見守ってみれば、私の足首をおもむろに握ってきたので、さすがに驚いた。

「えっ……、リオ、珍しいね」
「なにがだ」
「最近あんまり触ってくれなかったよ」
「そうか?」
「暑いからくっつきたくないのかなあって思ってたんだけど」

 特段、暑いのが得意じゃないとはいえ、リオが隣にいたら自然と距離を詰めてしまう。暑い日も変わらない。だけど、リオが嫌なら無理強いはできないと、我慢していたのに。すんなりと触れられると、沸々と悔しい気持ちが生まれてくる。むっとした気持ちが言葉に棘をつけて、鋭いリオに伝わる。
 私は、子どもみたいに拗ねているらしい。リオの寄せた眉は今や下がり、苦笑いをしてから、私が空っぽにしたグラスの横に、中身が三分の一だけココアが残っているグラスを置いた。そうして、頰に手を添えられる。

「冷たい〜……」
「濡れているからな」
「私、熱くない?」
はいつも熱い」
「いつも? そ、そんなに熱いかな」

 足首を掴んでいた手も頰のところにやってきた。両手で頰をぐにぐにと揉み込まれる。うう、と漏れ出る呻き声に、リオはご機嫌だ。こっちは顔をくしゃくしゃにされているというのに、えらく楽しそうなご様子で……。

「ああ、そうだ。は僕よりも熱いから、触ると、おもしろい」
「おもしろいってなに……」

 なんだかよくわからないことを言いながら、言葉通りおもしろそうに笑うリオに、頰が変形しちゃうんじゃないかと怖くなるくらい、好き放題触られる。
 私たちの動きに合わせて安物のソファがぎしぎしと悲鳴をあげていた。そういえば、過去に無茶な使い方をしたこともあるなあと、リオに触れられて思い出した。それもなんだか恥ずかしい話だし、酔っ払いのように薄い頰を火照らせて笑うリオには、到底打ち明けられない。

「それで、最近あんまり触ってくれなかった理由はなんなの?」

 リオの硬い腕に触れながら見上げると、体温が上がって優しくなった目は、ライラック色に溶ける。

のことを、かわいいと思ったから」

 よくわからない言葉によくわからない言葉を重ねて、ひとりで納得したような顔をしたリオに、頭をぎゅっと抱えられた。耳に押し付けられた硬い胸の奥から、リオの心臓の音が聞こえてくる。たぶん、私のものと同じくらい速い。
 それなりに長く一緒に暮らして、くっついていることが当たり前になっているのに、思い出したかのようにぎこちなく抱きしめてくる。ココアを作るのがとても上手なリオの、不器用な姿を見られるのがこの部屋だけだとしたら、あの美味しいココアは、このキッチンだけで作ってほしいと思う。