オーク家で働くひとたちはお荷物である私に対する悪口を共有することで彼ら自身の絆を強化しているのだから、私もすこしは役に立っているのかもしれない……なんていう考えはさすがに自虐的すぎるだろうか。
 上質な調度品を詰め込んだ絢爛豪華な私室で日がな一日読書をしたり音楽を聴いたりして過ごしている。館は広く複雑な構造のため、進んで散歩に繰り出す度胸のない私は部屋に篭りっぱなしだった。それはつまり、身の回りをお世話する人物が必要になるというということだ。
「私になにかできる仕事はある?」
 庇護がファミリーへの多額の寄附金によるものであろうが、資産を築いたのは私ではなく両親であり、その両親が亡きいま、私個人には与えられたぶんを返す義務がある。
「アナタに任せられる仕事はありません」
 すげなく返すのは昔馴染みのサンデーで、彼はオーク家の当主として重責を担いながらも私を引き取り庇護下に置いている当事者なのである。
「ひとつくらいはあるでしょう」
 ぴんと張られた服を身に纏い、姿勢は正しく、声には抑揚がない。「きちんと」しているサンデーは、長い指を顎に置いて思案するそぶりを見せる。
 親が残した遺産で贅沢三昧をする苦労を知らないお嬢様。
 というのが私の評価だった。贅沢三昧こそしていないにしろ、労働をせずに明日も明後日も休日かのような日々を消費しているので悪評であると反駁する権利はないように感じる。
「そこまで言うのであれば……」
 無論、当主であるサンデーがファミリーの人々が私にどのような評価を下しているのか知らないはずがない。だからこそ食い下がる私にサンデーは白旗をあげて、苦虫を噛み潰したような表情で「役目」を提示した。
「毎日ワタシの寝具を整えてください。無理にとは言いません」
「わかった」
 二つ返事をした私を驚きをもって見つめる目がきれいだなと思った。


 サンデーとともに列車に同乗してしばらく経つ。館で暮らしていたとき同様にサンデーが眠るためのシーツと枕の世話をしていると、なぜそのようなことをしているんだと穹に問われ、隠し立てする理由もないので旧い思い出を打ち明けた。
「あのひとって潔癖っぽいのにお前は平気なんだな」
「潔癖……」
 そもそも、甘ったれで世間知らずな私にはシーツ交換すら大仕事だとサンデーは考えていたのだろう。彼が求めるうつくしい状態のベッドメイクは私には不可能であると……。その想像を裏切るべく、ハウスメイドをつかまえてはシーツの皺の伸ばし方やアッパーシーツの折り返し方を学び、それほどの時間をかけずとも技術を習得したのだからサンデーには舌の一枚や二枚くらい巻いてほしいものだ。
「いっぱい練習したんだよ」
 役目を与えられて初日は彼の眉間に大きな皺を刻み、迷惑そうに顔をしかめる多忙なハウスメイドに泣きついた。日が経つにつれてサンデーは表情をやわらげたし、ハウスメイドは険しい態度を改めた。少なくとも、このひとたちには「なにもできないお荷物」から「おままごとレベルの家事を習得したお荷物」くらいにはランクアップしただろう。
「へえ、じゃあ俺に教えてよ。俺もベッドメイキングできるようになりたい」
「えっ……。穹もサンデーのベッドメイキングしたいの?」
「なんでそうなるんだよ、やだよ。俺は自分のぶんだけで精一杯」
 結局、穹は一度きり教えただけですぐにベッドメイキングの面倒さに勝てなかったようである。

 サンデーにくっついて、なに不自由のない人生を送っている。有事の際にもただ息を潜めてなりゆきをじっと見守るのみであった私がのうのうと生きているというのは、甘い汁を吸っているようでうしろめたい。対して、サンデーはピノコニーでの立場を失い、ほぼ身一つになってしまったのである。彼は益を生まない私をいつだって容易に引き剥がせたはずなのに、相変わらずそばに置いて寝床の整頓を任せてくれている。しんと押し黙っている日も、ナナシビトたちと交流をはかった日も、毎日ずっと。
「列車で営繕として働くことにしたの」
 眠りの間際、私が整えた寝床のうえに座ったサンデーが驚愕に目を見開く。
「アナタが? 営繕?」
「できないと思ってる顔してる」
「侮っているわけでは……。ただ、アナタにはそのような経験がないでしょう」
 お恥ずかしいことにおっしゃる通りで、父と母の財で随分と甘やかされて生きてきたので……炊事や洗濯もままならない。
 ただ、ひとりではなんにもできないのだから、誰かのために力になりたい、なるべきだと思った。列車のひとたちが与えてくれる親切心に報いたい。ようやく自我を芽生えさせたかのごとく、私はこの世に生を受けてから一番精力的になっているのだ。
「だれでも、なんでも始めるときは初心者だよ」
 胸を張って宣言することでもないが、取り繕う意味がないほど過去の思い出を共有している。サンデーは、私の程度をほとんど知っているのだ。
「それはそうですが……。いや、列車のみなさんにご迷惑をおかけしないよう十分に気をつけてください」
「はい。……ん?」
 環境保全の役目を負う許可を車掌さんにもらっている身分をちっとも信用していないサンデーを布団に寝転ばせて恨みがましい視線を送る。
「アナタの父君と母君がお隠れになった時点で、アナタを遠くの……安全な場所に置くべきだったのではないかと思い悩まない日はありませんでした」
「えっ……。そんなこと考えていたの?」
「ええ、最近は特に」
 ピノコニーで暮らしていたときよりも荒れた指先をサンデーの長い指が包み込む。憂う手のひらに力が込められる。
「えっと……べつに無理して働いてるわけじゃないんだよ。ここのひとたちはみんな親切にしてくれるし、楽しいし。遅かれ早かれ、私もできることを増やさないと」
 寿命と等しく、遺産は有限ではない。生きている途中で有事はいくらでも起きる。
「たぶん、私はサンデーと別れて、サンデー言う安全な場所に行くことだってできたと思う」
 前髪を分けて額の熱を弄ぶ。くすぐったそうに目を細めながらも、剣呑な瞳は揺れるばかりで、どうか安心してほしくて言葉を連ねる。
「でも、サンデーと一緒にいたいって思ったから、一緒にいるよ。だから心配しなくて大丈夫だよ」
「そう、ですか」
「それにシーツをいちいち綺麗にしてくれるひとなんて銀河中探しても私しかいないよ。私がいないとサンデーが安眠できなくなっちゃう」
 ぐいっと下から引っ張られてサンデーの体の上に胸を押し付けるようにして伏せる。シーツに幾重もの皺が寄る。
「……そうですね」
 しおらしい返事にペースを崩されつつ、それがなんだか新鮮で、心地良くて、おもしろい。きっとあのまま館で暮らしていたら出会えなかった表情だろう。平穏と引き換えに先行きが不透明になったとはいえ、予測のできない時間が降りかかるのは楽しい。楽観的にものごとを考えられるのは私の美徳だと思う。