夏が近づくにつれてカラフルになっていく繁華街のなかを、うきうきとした笑顔で歩いているひなたくんに手を握られながら進んでいく。きれいに磨かれたショーウインドウのほとんどに「セール」の文字が書かれている。夏はまだこれからだというのに、夏のものがいっせいに値段を引かれて売り出されているのは不思議な感覚だ。
「さん! ほら、あのお店。あそこにいっぱい水着があるんだよ」
おめあては半袖のブラウスではなく、いかにも夏のものである水着だった。入り口の近くにある看板には他のお店と同じように割引の割合が書かれた張り紙が貼り付けられていた。そろりと店内を覗くとちらほらと女の子のお客さんが水着を物色している。午前中の、まだ開店して間もない時間帯だ。他のお客さんはそれほど多くもないのでほっとしつつ、とはいえ、女の子ばかりの空間にひなたくんと二人で飛び込むのはけっこう勇気がいる。
「さぁて、どんな水着にする? ちゃんとかわいいのを選ばなきゃね」
お客さんが女の子ばかりのお店に入ることに、ひなたくんはあんまり抵抗がないようだ。水着を選ぶだけではなく手を握られたままだというところに私は羞恥をおぼえるわけなのだけれど、ひなたくんがあまりにも自然体のまま、真面目な顔つきをしている。
アイドルが夏に水着を必要としているのは当然だし、いかにもという感じだ。ひなたくんたちは、この夏、海やプールに行く機会が増える。だから「水着を買いに行こう」と言われたとき、ひなたくんの水着を一緒に選びに行くという話だと思ったのに、誘導されるままついていったらなんと女物の水着を選ぶという予想外の事態に遭遇した。
「ひなたくん……。いちおう訊くけど、これは誰の水着なの?」
「変なさん。このお店で俺の水着を買うわけないでしょ? もちろん、さんの水着だよ」
私もきっと海辺やプールでのお仕事に付き添うことになるだろうが、水着を着る予定はなかった。それに、プールの授業で着ているものだってあるのだ。新しいものがなくて困ったりはしない。
「さんは胸元がちょっとさみしいから、こういうのとかどうかな?」
余計な一言を加えつつも、ひなたくんが選んだ水着は確かにかわいくて、割引されていてとても安く、簡単に絆されて買ってしまった私も私だ。
「あっついねえ〜」
お昼近くなると繁華街も賑わい出す。「連れ出しちゃったお礼」に奢ってもらったレモネードの透明な容器を両手で握る。手のひらが水滴で濡れて冷たい。でも頭が火照って暑い。
「ね、ねえ……。やっぱりレモネードのお金くらい払うよ」
年下の男の子に奢られるのは居心地が悪い。
「いいって。さん、忙しいのに俺に付き合ってくれたんだから、これくらいさせてよ」
「うう〜ん……。そんなに忙しいってほどじゃないよ」
「そう? じゃあ、今度は息抜きにプールにでも行こっか」
ストローに口をつけて、勢いよくレモネードを飲み下す。酸味で喉がぴりっと痛む。真夏の熱気が体の内にわだかまっているからか、冷たいジュースがお腹に落ちていく感覚が鮮明だ。
オープンテラスの陰の下、額から流れた汗を拭うこともせず、ひなたくんは胸元をぱたぱたと仰いですっぱいレモンのジュースを飲んでいる。いつのまにかじっと見つめていたらしく、私の視線に気づいてにっこりと笑いかけてくるひなたくんは夏に負けないくらい鮮やかで、夏がよく似合う。
「いいよ。プール、いつにする? みんなにも予定を聞いておかないとね」
外でたくさん遊ぶのも、人前で水着を着るのも、泳ぐのもあまり得意じゃない。それでも行きたいと思えたのは、割引で買えたかわいい水着のおかげじゃなくて、手を引っ張ってでも太陽の下に連れ出してくれる男の子がいるからだ。
その男の子はすっかり空になった透明な容器を丸いテーブルに置いて、ぐっと身を乗り出してくる。薄くて硬い椅子が揺れて、がたりと音を立てた。距離がぐっと詰まり、耳に口を寄せられる。
「その、みんなでっていうの、そろそろやめない?」
口角をきゅっと上げたはっきりとした笑顔で、だけど、緑色の目は深すぎて気持ちが読めない。
「……なんて言ったら、さんは困っちゃうんだろうけどね。でも、水着を選んだのは俺だってことくらいは、ちゃんと覚えててほしいな」
こめかみに汗がつたう。返事すらもできないなか、まぶしいばかりのひなたくんから目を逸らせないでいると、ひなたくんは「じゃあ、俺はバイトに行くね!」と華麗にスイッチを切り替える。まだ半分くらい残っているレモネードを抱え込んだままテラス席に縫い付けられた私は、散々動揺を誘って撹乱させてくる男の子らしい男の子を穏やかではない心地で見上げる。
「あはは、さん、顔まっか」
してやったりといった捨て台詞を吐き出し、いつも通りの軽やかさで駆けて去っていく。
まばゆい光の先に、ひなたくんの背中を目で追いかける。だんだんと小さくなっていく鮮やかな後ろ姿は網膜に焼き付き、耳元で聞こえたいつもよりも低い声は、頭のなかをずっとずっと旋回している。