御伽噺/夜食/二人で暮らしてる家
四月の春さんとお題を共有して書きました。ありがとうございます!
+
「そんなにたくさんアイスクリームを食べたらお腹を壊しちゃうんじゃない?」
一つ目はチョコレート、二つ目はバニラ。バニラ色に銀のスプーンを差し込んだところで、ソファの背からぬっと腕をのばした凛月にアイスクリームを取り上げられる。
「私のアイス!」
「昼ならまだしも、お夜食にこんなにたくさん食べたらだめだよ。はすぐお腹痛くしちゃうんだから」
「ん〜……。痛くならないと思うから返して」
「今日は食い意地はってるねえ」
凛月と会えるのは月に何度かで、それも同じマンションの、別々の階に借りている、どちらかの部屋で会うのみだった。
仕事のだいじな時期というのは、凛月にとって二十四時間のほとんどである。遊園地とか水族館に手を繋いで出かけるなんてとてもできないのは、凛月がアイドルという職業を大切にしているからだ。凛月の大切なものは、私にとっての大切なもので、それは私の中心に据えられており、いつだってその存在を一生懸命に示している。
「御伽噺の王子様とかお姫様でも、昔はアイスクリームをあんまり食べられなかったんだって」
「え、なあに、なんの話が始まったの?」
御伽噺のなかでは貴重なものとして扱われていたはずのアイスクリームを、隣にどっしりと腰掛けた凛月はさほど頓着などせず、硬質なスプーンの先でするすると削って口に運んでいく。
「いまはそんなに苦労しなくても食べられるのに、凛月のせいで食べたくても食べられなくて悲しいなって思ってるだけ……」
氷菓を選ぶ指先は浮ついていた。眠る時間や起きる時間、活動をする時間、ごはんを食べる時間。サイクルとして円を描きくるくると廻る日常はあまり噛み合わない。たったの数時間を寄り添って過ごすことの大変さと大切さを、私は、大人と呼ばれる年齢になってから初めて知ることとなる。
そのぶん、いざ会えるとなるとやたらと嬉しくて、普段は選ばないような値が張ったカップのアイスクリームに手を伸ばしてしまうのは、会えない時間が生み出した欲求である。
「そっか、意地悪しちゃったね」
禁欲めいた状況におしみなく不満を漏らすと、凛月は口を開くようにと命じて、素直に従った唇の隙間にスプーンを差し込む。ひとりで食べたチョコレート味の苦みに、バニラの底のない甘みがまじって溶けていく。
「おいしい?」
「うん」
「よかったよかった。今度は、果物とかきらきらした砂糖のお菓子が振りかけられているアイスを食べようねえ」
「うん……、うん?」
スプーンの先がすっとマガジンラックを示す。夏におすすめのスイーツショップ特集だっただろうか、凛月が所属するユニットがその一部を彩っていた気がする……。
「デートになっちゃうからだめ」
首を横に振って言えば、知ってるよ、と凛月はいう。いくら見た目を隠し、人混みを避けたとしても、人の目というものは何処其処にも仕掛けられており、一度引っかかるだけで好奇に満ちた視線の前に引き摺り出されることとなる。防げるものは防がないといけないよね、と共通の認識をもって、中学生の頃から始まった関係をいまでも細々とだいじに繋いでいる。
落胆しているのではない、だけど外に出かけられないことをほんの少しだけ残念に思ってしまう心もある。
「今度、俺がのために作ってあげるっていう話をしてるんだよ。デートは、そうだなあ……きちんと結婚してからだね。食い意地を張っているはそれまで待てないでしょ」
凛月が歌うように軽やかな口調で言いながら、スプーンでアイスクリームをくるくる削る。丸く甘い薄黄色は銀色の上におさまっている。端がとろりと溶けていく。清潔で静かな凛月の部屋でも、きちんと温まっている。
「結婚……?」
「御伽噺でだってみんな結婚してるでしょ」
「みんなはしてないと思う……」
「そう?」
制服を着ていたころの帰り道に、手を繋いで踏切を渡った。行きたいところがあればいつでも行けたのに、それがどんどん難しくなっていってしまい、自分を守るためだけにいつしか感傷に浸る部分を奥底に閉じ込めて、多くを望まないように、いま得られるだけの幸せを壊さないように、減ったりしないように……慎重に暮らしていたというのに。
「俺は、カップのアイスクリームだけじゃ満足できないよ。俺はね、と一緒に家族になりたい。つまり、こんな部屋じゃなくて、ふたりで住む家も作りたいってことなんだけど」
「……凛月はずるい」
望まないように、自分でつくった壁のなかで一生懸命に息をしていたのに、いともたやすくそれを壊して、もっと大きなものを抱えようとさせてくる。なんてことだ、と呆気にとられる。
とろけそうに柔らかい色の赤い目に見つめられ、じりじりと全身が熱に支配されていく。交互に食べる溶けかけのアイスクリームが生温くて噎せそうになる。
「ずるくても、俺はが欲しいよ」
弱いばかりの高い壁は易々と壊れ、広げられた空間で、笑顔の凛月が大きく手を広げているかのようだった。望みに付随する嫉妬や寂しさをぶつけたところで、凛月はなんてことはないと受け止めてしまうのだろう。
数センチ開かれた窓から入り込んだぬるい夜風が分厚いカーテンを揺らしている。まん丸の満月が濃紺の夜に張り付いている。「もう一個だけアイスを一緒に食べる? 俺がほとんど食べちゃったし」と、上手な甘やかし方を心得ている凛月のことを、やはりずるいと思う。