音駒の制服を着て鉄朗くんの家にやってくると、嬉しそうな笑顔のあとに大きなため息。ひとの制服姿を見てため息を吐くなんて、ちょっと失礼なんじゃないの。
「本当に受かったんだな……」
「そうだよ。だから制服着てるんだけど。可愛いセーラー服だよ」
「セーラーはいいけど中坊みたいだぞ」
「そりゃあこないだまで中坊だったんだから」
「……お前、なんで受かった?」
「鉄朗くんはなんでそんなに顔色が悪いの」
研磨も私も鉄朗くんの幼馴染で、ずっと同じ町内で暮らしているご近所さんだった。私はいろんな鉄朗くんを知っている。そこらへんの、鉄朗くんの同級生よりも知っていることがたくさんある。風邪を引いたときはすりおろした林檎を食べたがるし、焼いた秋刀魚が好き。部活ばかりしているのに勉強をきちんとしている。それは研磨にも言えることではあるのだけど、なにもしていないようでなんでもしている。
「研磨がは落ちるかもしれないって言ってたから落ちると思ってた」
「研磨って私に厳しいよね」
「兄貴だからだろ」
「双子だもん……。双子なのに、私ってなぜか研磨よりも勉強が全然できないんだよね」
「ほんとほんと。お前馬鹿だもんな」
「受かったじゃん! ちゃんと見て、私も音駒!」
「まさか受かるとはなあ」
合格を知らせたときは完全に疑われていた。だから制服を証明に使おうと、こうして入学式前日にわざわざ着替えて来てやったというのに、鉄朗くんは不満そうに頬を引きつらせる。ぱりっとした制服は硬くて重い。おそらくもう身長は伸びないだろうと見切りをつけてサイズはぴったりにしてもらっていた。親も研磨も大柄ではないから、身長が伸びすぎて困ることはないだろう。私は研磨のようにバレーボールでぴょんぴょん跳ねたりしないので、確信は強まるのみである。
ベッドに寄りかかり、いまだにちゃんと笑ってくれない鉄朗くんの前に立ち、スカートの裾をちょっぴりくいっと持ち上げると「おお、もーちょっと」などとエロ親父のようにふざけるので小指でも踏んでやろうかと思ったけど、せっかく高校生になれたのだからやめてあげることにした。なぜなら、鉄朗くんが部活で成果を発揮できなかったらかわいそうだから。なにもせず、なにも言わずスカートの皺を気にしながら隣に座ると、拍子抜けしているような、なんとも間抜けな顔をされてしまう。
「……私、中学生のときと違うよ」
「いきなりなんですかちゃん」
「研磨に世話かけるのをやめて、鉄朗くんに妹扱いされるのもやめるの」
鉄朗くんの顔色がどんどん悪くなる。これは私が悪い。いままできょうだいのように過ごしてきたのだから、妹がいきなり兄離れ宣言をするとなると驚くのも無理はない。でも鉄朗くんには研磨がいる。研磨のことを存分にかわいがればいい。私のぶんも、ぜひどうぞ。そしてきょうだいが研磨だけになった鉄朗くんはずるずると私の前に移動して、肩をベッドに押し付けてくる。
「鉄朗くん……? あ、あの、ちょっと痛いよ」
研磨は兄だからよく目に入る。背丈も体格もよく知っている。でも鉄朗くんの大きさはちゃんと知らなかった。私よりも、研磨よりも大きい。力で勝てるはずはないと自覚していたのに、こうして力をかけられるのは初めてだったから、いざ押さえつけられると体が竦む。怖いのだろうか。鉄朗くんを怖いと思ったことはないし、基本的に優しいから怖いと思いたくないのに、今はどうしてかとても怖い。
「妹扱い、やめたらなんかしてくれんの?」
「なんでそういう話になるの!」
あと、なにげなく髪を弄らないでほしい。耳がくすぐったい。
「だっておんなじ高校ですよ。なんでもし放題」
「変な言い方しないでよ。なにしに学校行く気なの」
「が選んだんだろ。妹扱いやめろとか、俺と同じ学校とか」
「嫌なの?」
「だからさ、いろいろしたくなんの全部我慢してたのに、お前受かるし、意味なくなったから」
優しいお兄ちゃんだったはずなのに、鉄朗くんはすくすくと成長して、体をぐっと近づけてくる。そうされると私がどうにかなってしまいそうになることだって全部知っている。
「……で、なんで逃げないわけ。俺、もんのすごーく我慢してたから、我慢しなくなるけど、いいの?」
我慢していた内容って、そういうことだろう。だったらいいの。震える唇をきつく結んで頷いた。
「いいよ。鉄朗くんだったら、なんだっていいよ」
怖い顔をしていた鉄朗くんはばつが悪そうに笑って頬をかいている。いまさら照れられたら、こっちが困っちゃう。このあとはどんな顔を研磨が待つ家に持ち帰ればいいのだろうか。