「研磨くん、見て! カピバラがいるよ」

 柵に背中がくっつくように研磨くんを押して、笑顔を作ってもらう。でもあんまり笑っていないから駄目だしをする。しかし、満面には程遠いし、なんだか引き攣っているように見える。

「もういいよ……そんなにいっぱいおれの写真なんか撮らなくても」
「だって次いつ来られるかわかんないでしょ。いま撮っておかないと」

 ようやく漕ぎつけた研磨くんとのふたりデート。研磨くんが部活で忙しいっていうのもあるけれど、黒尾鉄朗率いるバレー部のメンバーが野次馬根性を丸出しにあれこれからかってくるので、研磨くんは私とふたりきりになるのを避けているようだった。ふたりきりでいるときにしていることが知らずのうちに筒抜けになったら嫌らしい。滅多に手も繋いでくれないのによく言うなあ。いつも私がどれだけ勇気を出して手を伸ばしているか、知っているのだろうか。そんな苦労も知らないのだから、写真を撮るくらい安いものだと思うの。

「研磨くんってカピバラに似てるよねえ」
「え……そんなこと初めて言われた」
「ぼうっとしてるところとか」
「この動物園の動物、みんなぼうっとしてるけど」
「そうかも。じゃあみんな研磨くんに似てる」

 なにそれ、とちょっと驚いたのは、私が研磨くんの手を握ったからだろうか。それともただ動物が研磨くんに似ているって言ったから?抑揚のゆるやかな表情から読みとることは難しくて、早々に諦めてそろそろカピバラコーナーから離れようと研磨くんを引っ張ればどこかでバランスを崩したのか足が思う方向に動かない。倒れかかった体を無理矢理引き戻そうとしたせいで勢い余って柵に背中をぶつける。研磨くんはさっきよりももっとびっくりしている。私も、そう。なあにこれ。

「もしかして、足痛い?」

 呆然としている私の目の前で研磨くんのいろんな表情と行動が流れていく。熱でもあるのかと額に手を当ててくるし、お腹が痛いのかとお腹に手を当ててくる。触ってわかるはずがないのに、焦った研磨くんは考える力をなくしたみたいだった。そうして行き着いた問題は足に残されていて、そういえば今日は随分と歩いたように思う。

「そうかも。足痛いかも……?」
「かも、って。自分のことなのにわかんないの?」
「あんまり気にしてなかったから」
「痛いか痛くないかはわかると思うんだけど」
「うん。だからね、研磨くん見てたから気にならなかった」
「……ばかじゃないの」

 足の痛みに気付かないから馬鹿なのかな。だって今日は十年後に思い出しても幸せな日にしたくて、楽しくて他のことを考える余裕がなかったんだもの。

「そういうのを馬鹿っていうんだよ」
「研磨くん厳しい……」
「もう一日経ってるし、本当になに考えてたわけ」
「ええっと、さっきも言ったけど十年後に思い出しても幸せになる日にしたくってね?」
「そういうこと言わなくていいから。黙ってて」

 おんぶしてくれるの、って訊くと、肩はずれるから無理、とそっけない返事が返ってきた。肩がそう簡単に外れてたまるか。それに研磨くんはひょろひょろしているくせに体力がある。私はもうへとへとなのに、涼しい顔をしているんだからちゃんと運動部らしい体力を持っているみたい。あ、違う。完全に涼しそうとはいえないのは、照れているときにする表情をしているからだろう。かわいいまぶた。手を伸ばして触れると猫みたいに竦み上がるからもっとかわいく見えてしまう。明日も明後日も、今日だったらいいのに。
 足が痛くならない靴を履いてきたら、またお出かけしてくれる?