小さなテーブルの上に並べられたタッパーにはおにぎりと、からあげと、サラダが所狭しと詰め込まれている。品数の少ないそれらに、だけどスバルくんは目を輝かせて喜んでくれる。
 次のお休みの日はスバルくんのしてほしいことをなんでもしてあげると大口を叩いたのだけれど、燦々とした笑顔で、スバルくんのおうちで一緒にごはんが食べたいと言われて拍子抜けした。そんなことでいいのかと思った。電車に乗って遠くの街へ出かけるとか、大きな遊園地に遊びに行くとか、そういう特別な出来事がやってくると身構えていたのだ。いつそのときがきてもいいように前々からお小遣いを貯めていたのでお金は問題じゃない。どこにだって行けるのに、だいじな人からの要望はおうちでごはんを食べる。ただ、それだけ。

「すっごい美味しそうだね〜」
「い、いいよ……。無理しないで……」

 振るうほどの腕もなかったのだが、早起きをして慣れない料理をしてみたら、これが案外むずかしくて時間がかかってしまった。せめておにぎりの具くらいは種類豊富にしようと意気込んだせいで、時間の割には品数が少ない。それぞれの大きさはばらばらでいびつだ。スバルくんのお母さんが作っていってくれたらしい美味しそうなおかずと並べると、いっそう貧相に見える。

「なんで? のおにぎり、すっごく大きくて美味しそうだよ。いただきます!」

 褒め言葉なのかなんなのかわからないことを言ったスバルくんは、両手を合わせると勢いよくおにぎりを掴み取って豪快にかぶりついた。ここに北斗くんがいたら「行儀が悪い」と叱っていただろう。しかし、いまは私とスバルくんのふたりきりであるので、つっこみ役はいない。

「うん、やっぱり美味しいっ!」

 複雑な心境はさておき、スバルくんの満点の笑顔を見ると心配だと訴えていた部分がじんわりと熱くなる。

「そうかな……。私はなんだか、だんだん、恥ずかしくなってきたんだけど」
「あはは。の顔、赤くなってきたね。ほらも食べて食べて」

 出かける直前まで味見をしていたからか、はたまた緊張と羞恥心で胸がいっぱいになって食欲が消えてしまったのか、とにかくお腹がすく気配はなかった。それでもからあげ(私が作ったやつ)を「はい、あーん」と満面の笑みで差し出されると自然と唇を開かせてしまう。大前提において今日は私がスバルくんのしてほしいことを叶えたい日だったので、長い目で見ると役に立たないような羞恥心なんてとっとと捨ててしまったほうがいい。
 口の中に放り込まれるからあげは、味見をしたときよりも塩気が強く感じる。

「もう一個食べる?」
「いや、ほんと……お腹いっぱい……」

 きちんと整理整頓された部屋はすっきりと片付いており、昼間のやわらかな静けさのなかで穏やかな時間を横たえている。正座をしてじっとしている私の向かい側でスバルくんはずっと笑顔でいて、たくさん食べていた。隅っこで眠っていた大吉がスバルくんの背中を駆け上がる。じゃれあいながらもスバルくんは私のお弁当を残さずに食べてくれた。





「洗い物は俺がするね」

 大吉にたまごボーロのようなおやつをあげて一休みをしているとそんなことを言われたので、慌てて立ち上がった。

「私がする!」
「ごはんを作ってもらって洗い物もしてもらったら申し訳なさすぎるよ」

 肩を掴まれてそのまま下に力を落とされる。立ち上がったばかりの体がすとんと下がって床に座り込んでしまった。

は大吉と遊んでて!」
「スバルくん……洗い物できるの?」
「失礼な。これでも母さんの手伝いとか、ちゃんとしてるんだぞ〜?」
「そうなんだ……。でも、してもらってるのにじっとしてるの落ち着かないよ」
の働き者! 俺、べつにに働いてほしくて呼んだんじゃないよ。それに俺、こういうことって、一緒にするほうが好きだなあ」

 失敗しないようにしなければと意気込んでいた硬いものがまっすぐな言葉にほぐされていく。

「……スバルくんはきっと、いい旦那さんになるんだろうね……」

 正面にある幼さの残る表情にわずかな変化を見つけた。天真爛漫な笑顔だけではなく、純粋な疑問がそこに浮かんでいる。中途半端に浮かせていた腰を床に落ち着かせたスバルくんが私の手を握った。「それって俺のこと?」って、そんなの当たり前じゃないか。間髪入れずに頷いたら、手を握る力が増した。

「……そっか。じゃあ、いつか大人になったら、一緒に指輪を買いに行こうね」

 照れ笑いなんて珍しい顔をしてみせて、私の手の甲を撫でる男の子の指先が左手の薬指にたどり着く。

「……え!? ゆ、指輪って……!」
「そういう意味で言ったんじゃないの?」

 首をかしげたスバルくんの頰も微かに赤らんでいるけれど、私のそれはもっとひどいことになっているであろう。頰も耳も手も茹だったかのごとく火照っているし、なんだかいまにも泣いてしまいそうだ。不恰好なお弁当を差し出したときよりもうんと恥ずかしい。許されるのであれば逃げ帰ってしまいたいのに、もちろん手を握られているいまは足を動かせそうにないし、ひょっとしたら腰が抜けてしまっているかもしれない。

「俺はの旦那さんになる気満々になっちゃったんだけど、は嫌なの?」

 今度は不満げに眉を寄せて顔を覗き込んでくる。この顔の赤さからどうにか察してほしいがそういうわけにもいかないのだろう。

「……スバルくん、ずるい……!」
「ええっ、ずるくないよ〜?」

 ずるい、ずるくない、と言い合いながら懸命に身をよじらせる。じゃれあっている拍子に背中から床に倒れた。見下ろしてくるきれいな空色の目が熱を帯びている。やわらかい橙色の髪がおでこをくすぐった。落ちてきた唇の端っこが合わさるまえに目を閉じて、スバルくんの首の後ろをぎゅっと抱きしめた。