表情が必ずしも内面をあらわしているかというと、そうでもない。嘘をついているというよりは、取り繕うのが上手だ。ある種の見えない壁に隔てられ、その壁越しに喋っていたのだろうけれど、私がガンダルヴァー村で寝泊りするようになって三十日が過ぎたあたりから、その認識はそこはかとなく徐々に、改めさせられることとなる。

 雨林は湿度が高いので、熱気が肌にべったりとへばりつく夜は少なくない。寝苦しさに何度か寝返りを打っていると、浅い眠りに控えめな足音が割り込んでくるので、一際大きく体を転がして音が鳴る方へ向ける。

「ごめん、起こしちゃったかな」
「大丈夫だよ。寝てるのか寝ていないのかわかんないくらいだったから……」

 ベッドのそばの灯りをつけて、薄暗闇にぼやりと浮き上がったティナリの顔を見る。ティナリの白いおでこに前髪がくっついているのを指先で摘んで払う。昼間からずっと湿度が高い。熱気がぎゅうぎゅう詰めになった大気のなかにいるだけで疲れるのだから、あちこち走り回ったティナリの疲弊は計り知れない。

「まだ雨林の気候に慣れない?」
「暑い日は、まだちょっと。どうしても、寝付くまでが長くなっちゃって」

 森は空気がよくて静かであるので、寝付いてさえしまえば、そう不都合はない。ティナリが調合して部屋に置いていったウッドスティックから香る安眠作用があるとかいうアロマオイルのおかげで、湿度や気温が高すぎなければ、入眠に関しても取り立てて問題はない。
 しかし、この夜については湿度も気温も高く、肌に馴染んだはずの雨林の気候にうまく身を委ねられなかったのである。

「おかげで、ティナリの足音に気付けたからよかった」
「僕は、うっかり、に気づかれてしまった」
「気づかれたらだめなの?」

 鍵を渡している以上は、いつでも入ってきても良いという意味を込めているし、ティナリも承知しているものと思っていたが、妙なところで遠慮しているらしいティナリは、曖昧に笑ってベッドに顔を伏せてしまう。

「……ティナリ、私が寝ているときに、こっそりベッドに入ってくるのに?」
「それ、いま言う?」

 ぴくんと長い耳が揺れて恨めしげな声をあげたかと思えば、だらしない皺で歪むシーツの上に、のろのろと指を歩ませてくるので、その熱い指先を握った。
 しばらく指に力を入れたり抜いたりして遊んでいると、ゆるゆると耳がぺたんと垂れていくものだから、差し出された丸い頭に手を乗せると繋いだ手に力が入る。撫でろと要求されているかのようで、仮定した望み通りに撫で回す。やはり恨めしそうな顔が持ち上がる。「違った?」「違わないけど」だったらいいか、と洗って清潔になった半乾きの髪を撫で回して、いたわることに専念する。

「お風呂に入ったんだね。疲れてるのにえらい」
「汗とか泥でのベッドを汚したら大変だろ」
「それは、今日もベッドに入るつもりっていう……?」

 今更ここに来た目的を変更するつもりのないティナリは、ばさりと尻尾で床をうち、返事をせず、隣に身体を滑り込ませてくる。微かに、針葉樹の甘く落ち着いたような匂いが香る。蒸し暑い夜の空気にも構わず薄い寝巻き越しに身体を寄せると、もう一度尻尾が大きく揺れた。

「機嫌いいね」
「……見なくていいよ」

 ティナリは頭を撫でたり、手を握ったりすると、実はけっこう機嫌がよくなる。疲れているときは、ときどき、ベッドに潜り込んでくるので、くっついて眠る。朝までそうしているし、朝になり昼近くになっても、ベッドに上でだらだらとくっついている日もある。どれもこれも、ティナリと親密になってからおこなうようになり、私はそれらをとても気に入っている。
 表情が豊かで話しやすいところは変わりないが、まるで甘えられているかのように身体を寄せられるなんて知らなくて、驚きながらも、ある一面においては淡い優越感を抱いてしまう。ティナリはといえば、疲労でへとへとになった脳が編み出した行動を起き抜けに振り返ると、羞恥をおぼえて仕方ないらしいが、その間も尻尾が揺れているのを、私はずっと前から知っている。

「どうせ一緒に寝るんだから、ティナリの家のベッドを大きいのに買い換えない?」
「僕の方を買い換えるの?」
「え? いや、どっちでもいいけど。なぜか自然とティナリの家に住む方向で考えてしまって……」
「そうだね、一緒に住むのも悪くないな……」

 だけど、と足を絡めながら、ティナリの指先が背骨にそって上下に撫でつけてくるのでくすぐったくてかなわない。

「起きたときのの反応が好きだから、しばらくはこのままがいい」
「えっ……。ティナリ、私で楽しんでたの?」
「その表現は人聞きが悪い。かわいいって褒めてるのに」
「か、かわいい……? ちゃんと、本当に、思ってる?」
「ちゃんと、本当に、思ってるよ」

 ティナリよりも正直な尻尾は薄い掛布に隠されて見えないが、わずかな隆起が呼吸するみたいに動いている。すっかり上機嫌になったティナリの希望は「ベッドを買い換えるのは、きみが雨林に慣れてきてからにしよう」というもので、湿度の高い暑い夜に慣れて、ひとりでも上手に眠れるようになるまでは、引き続き狭いベッドでふたりで過ごすことになるようだ。