二の腕に、よくよく注視しなければ気づけないほどの、ごくごく薄い傷跡がある。年齢が両手で数えられるようになった前後に、小さいながらもやたらと素早い竜の赤ちゃんを興味の向くまま追いかけて迷子になり、盛大に転んだすえにたくさんの擦過傷を体の至るところにこしらえたらしい。母は私の「大袈裟なくらいに保守的」な性格を、このおぼろげな思い出に紐付けている。間違えても怪我をしないよう用心深く歩くようになったのは、「大きな怪我をしないように、もう絶対に、危険なことはしないように」と、何度も何度も言い聞かせられたせいだというのに。
 崖のそばを走ることをとうの昔にやめた私が野外で怪我をするのは久しぶりのことで、くるぶしからだらだらと血を流している私を一番に見つけたのは、キィニチであった。
「……キィニチ、包帯巻くの上手だね」
 湿った草で覆われた地面の上で、至極まじめな顔をして私の足に包帯を巻きつけているキィニチはこちらをじっと見るのみだった。滝から流れ落ちた水が白いしぶきを立てている。水音だけでは沈黙を埋められそうにないみたいで、どんどん心臓がしわしわになっていってしまう。……怒ってるの、なんて訊かずとも空気がそうだと教えてくれている。
「おい」
 湿った草を弄んでいる指先がびくりと跳ねる。
「どうしたの?」
「終わったぞ」
「あ……ありがとう。じゃあ、私は少し休んでから戻るね……」
 キィニチは目をほんの少しだけ細めている。睨まれている気分になってしまえば、心臓がさらに干からびて縮んでいく。そんな状態では彼の背中に背負われながら集落に戻るという提案を受け入れられるはずもなく、喉からどうにかこうにか「ちょっと、まって」とざらざらとした返事を捻り出す。
「早くしないと日が暮れる」
「だって……私をおんぶするってことでしょ」
「背負われるのが嫌なのか?」
 嫌というよりは……体の重みを知られる気恥ずかしさが勝る。そうした羞恥を抱く余裕がある程度には、痛みはそう強くない。
「……休んでから帰るのはだめなの?」
 安全な道を選んでゆっくりと歩くのは得意だった。年に数回くらいは転んだり軽い傷を作ったりはするけれど、キィニチが手当てをしてくれたら数日で消えてしまうので、あのときできた傷跡の他には、私の肌にはなんにも刻まれていない。
「また知らないところで怪我をされたら困る」
 また? まっすぐに告げられた言葉を反芻する暇もなく、あれこれ理由をつけて背負われようとしない私の体が宙に浮く。おんぶよりも横抱きにされるほうが恥ずかしいのだと教えられて喉から「ぎゃあ」とみっともない声が出てとうとう頬が熱を持った。
「キィニチ!」
 呼びかけを完ぺきに無視して歩き出す。ぐらりと揺れる感覚が心許なくて、首元に腕を巻きつける。微かな吐息は少しだけ笑っているようにも聞こえる。「あのとき」よりもずっと大きくなった手が、私の二の腕をぎゅっと抱いている。薄い薄い傷跡がある皮膚がじんじんと熱を持つような心地がする。怪我をして困り果てている私を見つけてくれるのは、いつだって同じひとだった。