人見知りというわけではなく、人生において親しい異性というものが極端に少ない。
 故郷を共にするティナリのように教令院で学ぶほどの能力は残念ながら開花せずにできることをできる範囲でこなしてゆったりと生活していたら、「人手が足りないから」というわけでガンダルヴァー村に呼ばれ、流れるまま引越し、森で働くに至った。新しい住まいはティナリの居所のほど近く。慣れない土地で幼なじみのティナリに寄りかかってしまうのは仕方のないことだろう。そうして相も変わらず私にとってティナリが人生において唯一親しい異性として更新されずに過ごし、それはセノと知り合うまで続いたのである。


「今度のおやすみにスメールシティに行ってくるね」
 一年も経てば土地勘はそれなりにつくものだ。体力にはそこそこ自信があり、森での生活によってさらにぐんぐん強化されている。スメールシティへ足を伸ばすのにもさほど苦労しないのだが「じゃあ僕も一緒に行こう」と提案するティナリは過保護すぎやしないかと思う。
 とはいえ断る理由もなく、道中ひとりなのはやや心細いのでティナリと連れ立ってスメールシティを赴くに至った。動植物の名を尋ねたら名だけではなく特性などにも詳細に答えてくれるのは、さすが生き字引然としており私の学びとなっている。


「なんだティナリ、またついてきたのか」
 ランバド酒場のテーブルの上に七聖召喚のカードを並べながらセノが軽口を叩く。
「僕はただのお目付役だよ」
 と、ティナリ。つまりは、セノと知り合い七聖召喚を教えてもらった私がティナリの想定以上に……ときには睡眠時間を犠牲にして熱中してしまったがために、嵌り過ぎぬよう監視しているということだろう。セノは第一印象こそ厳粛でとっつきにくさは確かに感じたが、多忙な身分にも関わらず時間をさいてカードゲームに付き合ってくれるので、その印象が砕けるのにそう時間はかからなかった。
 ティナリから苦言は耳が痛くなるほど浴びせられている。「業務に支障が出ないように」「遊ぶのはいいけど限度というものがあるんだよ。限度という言葉の意味を改めて学んだらどうかな」など、他にも多数。
「じゃあ、あまり羽目を外しすぎないように。夕食を摂ったら、ちゃんと宿に戻るんだよ」
「わかってるよ。ティナリも気をつけてね」
「……。いってきます」
 なにかに後ろ髪を引っ張られているのか、ティナリは「いってきます」と挨拶をしたにも関わらず、しばらくその場で飲み物を飲んだりお菓子を摘んだりしてから、ようやく酒場を出ていった。
 ガンダルヴァー村でも周囲になにかと頼りにされているティナリは、スメールシティでもその人柄や彼自身の能力によるものか声をかけられる回数は少なくない。学生と思しき人物に研究のアドバイスを求められたり、教授直々に講義を頼まれたり。同行したとて共に過ごす時間は短く、セノに相手をしてもらっているために私はどんどん七聖召喚が上手になっていくのである。
「しかし、お目付役とはな」
 一回戦目が終わったところで、セノがぽつりと呟く。
「心配性だよね」
「いや、ティナリが目を付けているのはお前だけじゃないだろう」
 それって、セノもってこと? と尋ねると、喜色をうかべた顔で「ああ」と。大マハマトラとして職務をまっとうするセノは、遊びの欲にかられて翌朝に睡眠不足を持ち越すことなどないはずで、お目付役は不要だろう、と疑問が渦巻く。
「俺はティナリの親友で、お前はティナリの幼なじみだ」
「? うん」
「そしたら、俺とお前はなんだと思う?」
 カードゲーム仲間? ……友達? 現時点では、その他に関係性をしるす適当な言葉が見つからないような。

 君とセノってどんな関係なの。
 尋ねたのはティナリで、そのときの私は持っている服をひっくり返してシティに行く準備をしていた。窓の外は青色を何枚にも重ねて濃くなった夜空が広がり、そこにはいくつもの星が瞬いている。窓から草のみずみずしい香りがぬるい風に乗って吹き込んできている。良い夜だった。
「友達……? になれていたら、いいんだけど」
 セノがどう考えているか推察するに、カードゲームを一緒に楽しむ相手という位置づけというのが濃厚かもしれない。
「え?」
「え、どうしたのティナリ」
 友達はおこがましかっただろうかとはらはらしつつ、そうはいっても荷造りはしなければならないので納得のいく一枚を決めて、旅行鞄に詰め込む。
「こんなに足繁くシティに通っているのに、まだそんな段階なの?」
「なに言ってるの?」
 ひょっとするとティナリは私とセノが友達よりも先に進んでゆくことを可能性の一つとして挙げているのではと、色恋めいた考えが浮かぶが、浮ついた思考をすぐに霧散させる。
「よくわからないけれど、ティナリが困ることはなにもしないよ」
「それは期待できないかな」
 心の底から露ほども期待いないといった諦念たっぷりの声音であった。


 旅立つ前日の経緯を語るとセノは思案するように黙りこくってしまったので一気に不安になる。
「セノ……?」
「ああ、すまない。いやなんだ、やはりティナリはお前のことになると様子がおかしくなるんだなと思って」
「セノもなにを言ってるの?」
 しかしながらティナリがまれに、本当にごくごくまれに、過保護な保護者のようなことを口走るのは事実で、様子がおかしくなるというのはあながち間違いでもない。
「じゃあ……セノはどう思ってるの?」
「お前のことをどう思うかという意味か?」
 言いにくいので濁した部分をさらりと並べ立てられて気恥ずかしさが湧き上がる。そうです……とぶつぶつ言いながら、すっかり熱を失ってしまっていた七聖召喚のダイスを握る。
「……どうだろうな」
 セノの指先が机の上を撫でるようにして近づく。私が弄ぶダイスを手のひらからひとつ抜き取って、それを握り込んだ。
「うん?」
「今後もずっとティナリを困らせないでいられるかは、正直なところわからない」
 たとえセノもティナリ同様に様子がおかしくなってしまったとしても、よしんば私は平静を保って……いられるはずもなく、先日打ち消して亡き者とした色恋めいた考えが再燃し、セノの持ち上がった口角を直視できず、今晩の戦績は散々な結果に終わったのであった。