給仕として働いている小さな喫茶店は、住居からほど近い場所にそっと佇んでいる。深緑を基調とした店内は、スメールシティの中心部にあるような大きな喫茶店ほど人の出入りは多くなく、混雑とはあまり縁がない雰囲気を纏っているので、根本はこの世界の人間ではないながらも、時間が経てば不思議とすんなり馴染めた。なにより、飲み物の種類が多いところをとても気に入っている。
 あてがわれた家で、文化も成りたちもまるきり許容の範囲を超えた世界に対する恐れにより外出する気など起きず、なりゆき任せに数日引き篭もったあと、思案顔を崩さないセノに連れ出され、よろよろと体力が落ちた身体に鞭を打って家を出て、これから働くこととなる場所に挨拶のため顔を出した。ハーブティや名も知らない花から抽出された紅茶よりも、稲妻と呼ばれる国に存在する玄米茶や麦茶に馴染みがあると、スメールシティまでの道中で野営している最中に伝えたのを、セノが覚えていたのかもしれない。そのとき、店主さんに出してもらったもとの世界でもよく飲んだお茶が、心臓をぐるりと縛り付けていた緊張をほぐしていったのである。

 それから、休憩時間に軽食を摂るときや、仕事のあとに、温かい玄米茶を淹れて飲むのが習慣になっている。一度、興味を示したお客さんに「きみが淹れたそのお茶を飲んでみたい」と言われ、店主さんに促されるまま玄米茶を出したら、いたく気に入ったのか、そのお客さんはときどき玄米茶を頼むようになった。
 今日も、そのお客さんは二人がけのテーブルにひとりで座り、お茶を飲みながら、読書をしている。ひと月前から常連としてやってくるようになった彼は、私が淹れたお茶をのみ、読書をして、ほどほどの時間が過ぎると静かに席を立つ。あまりも洗練された規則正しさで、あと数十分すれば彼は店をあとにするだろうと予感がした頃合いに、エントランスの扉を開いたセノが、彼の名を呼んだ。

「アルハイゼン?」

 聴き慣れない音を持つそれは、常連である彼が顔を上げて反応を示したことで、固有名詞であると示している。

「ここで何をしている」
「見ての通りだ。茶を飲み、読書している。きみこそ、ここに何か用でもあったのか。見たところ、きみが取り締まるべき学者はいないようだが」

 セノにタフチーンを作ってもらい、他にもスメールの料理を教えて欲しいとお願いをしてから、同じくひと月経つ。家にやってきたセノにお茶を出すくらいの時間しか確保できない日々の隙間に、今日になってようやく二度目の機会が訪れたのだ。喫茶店を待ち合わせ場所に、食材を購入したら、家に向かう予定を数日前に取り決めている。
 この後の算段をアルハイゼンさんに伝えないほうが良いのかもしれないと、セノが醸す厳しい雰囲気から読み取り、浮かしかけた腰を分厚い木製の椅子に押し付け、ぬるいお茶に口をつけようとしたところで、大事なことを思い出す。

「……セノもなにか飲む?」

 話しかけてから、この場に用事があるかどうかについての問いかけを黙殺したセノに話しかけるのは迷惑に繋がるのではと、一瞬背筋が凍った。そもそも、身分が不詳な人間とのつながりは、立場のあるセノにとって不利益なものとなるのではないかと、今の今になって不安が沸き起こる。しかし、予想に反してセノはやわく首を横に振って「いや、平気だ」と断った。アルハイゼンさんの方も、こちらには目もくれず、片手間にお茶の飲むばかりで書物の難解そうな文字列に目を滑らせていただけである。
 はやく行こう、さっさとお茶を飲んでしまえという言外の命だろうか、セノは椅子に座りもせず、私とアルハイゼンさんの間に佇んでいる。これにはすっかり落ち着きを無くさせられてしまい、一息にお茶を飲み干し、無様にも噎せてしまった。セノに「大丈夫か」と背中をさすられ、もはや情けない心地で「大丈夫」と、か細く返す。

「セノと給仕の彼女は知り合いなのか」
「そうだ。……言っておくが、は勤務時間外だ。用事を言いつけるなよ」
「心配せずとも、この一杯を飲んだら出ていくつもりだ。彼女は退勤後にいつもお茶を飲むから、勤務時間外であることは承知しているし、用事を言いつけるつもりはない。よって、セノ、きみのその懸念は無用だ」

 会話をしているのか喧嘩をしているのか、友人なのかそうでないのか、皆目見当もつかない関係性である。ただ、この店では一言二言話すのみであるアルハイゼンさんと、出会いの当初は会話すらままならなかったセノが、小気味よく応酬しているところを見ると、仲が悪いというわけでもないだろうが、私はセノの人間関係に詳しくないので、結局は想像の域を出ない。

「喫茶店なら、ここよりも教令院に近い店がいくつかあるだろう。そこを利用するのをおすすめするぞ、アルハイゼン」
「残念ながら、俺はこの店を気に入っているから、今後も利用するつもりだ。情報だけはありがたく受け取っておこう」

 器を片付けてお店を出る段になり、小競り合いと捉えて差し支えないだろうと思われるやりとりをしてから、暫しの沈黙のあとアルハイゼンさんは、ふ、と小さく笑いを溢して、それがセノの片眉をぴくりと持ち上がらせた。

「いや、興味深いものを見たと思ってな」
「なにが言いたい」
「きみの態度は牽制とも取れる」

 目を大きく張ったセノは言及も反論もせず、アルハイゼンさんの平坦な物言いを、細い息を吐き出してからやはり黙殺するのみであった。