mine.


 が死んでしまった未来の行き先は「あの夢」にあるような、ひとりきりでこの大きな家に住む俺の姿なのだろう。今年の三月に学院を卒業してから、悪夢を見る頻度も増えた。身体に疲れが溜まってしまう日が多くて、目の下のくまをどうにか隠しても、にはばれているらしい。


「凛月、おかえり」

 家に帰るとエプロンを着けたが玄関先まで迎えに来てくれた。つい数ヶ月前のの誕生日に、この家の合鍵をあげたのだ。一年先に卒業した兄者が実家を出ていってから俺はずっと一人暮らしをしていたのだが、そろそろ飽きてきた。同じく、も学院を卒業してから一人暮らしを始めたのだから、いっそ一緒に住んじゃえばいいのにと思う。

「ただいま〜。今日も疲れたあ……」

 ぐてんと身体から力を抜き、エプロン姿のに寄りかかった。よろけながらもどうにか踏ん張ったが背中に手を回してくれるのを感じながら、そっと目を閉じる。溜まりに溜まった疲労のせいで眠ってしまいそうなのを堪えて「今日は泊まっていってくれるの?」と軽口を叩いて眠気をさます。これは、が来てくれるたびに口にしているおきまりの言葉だ。もちろん、期待などしていなかったのだが。

「うん、そうしたい。もし、凛月がいいなら……」
「えっ?」

 抱きついていた身体を引き剥がす。勢いのせいで頭が揺さぶられたようで、目を白黒させている。ぽかんとしたに、そういう表情をしたいのはこっちだと逆ギレ気味に言ってやりたい。

、泊まっていくの?」
「う、うん……。だめ、だった?」
「だめじゃない、けど」

 一昨年のの誕生日以来、が家に泊まっていってくれたことは一度もない。いつでもベッドを開けておいてあるのに、となりで眠ってくれたことはあまりない。
 玄関先でいつまでもくっついているのもどうかと思い、くっつきながらリビングまで歩き、荷物を下ろす。ソファの横に控えめに坐しているの大きめなバッグを一瞥してから、の戸惑ったような困り笑顔を見る。ちゃんと「いいよ」と言えていないせいでこんな顔をさせてしまっているのは承知の上だ。まさかの方から泊まりたいと言ってくれるとは思わなかったのだ。

「……明日は凛月のお誕生日だから、一番にお祝いしたかった、ん、だけど……」

 立ち尽くしたままの俺に不安を通り越した感情を抱いたらしいは、みるみるうちに顔を赤くさせて、うつむいた。そしてお泊まり用のバッグを掴みあげて出ていこうとするものだから慌てて引き止めた。掴んだ肩を引き寄せてこちらに向かせると、目はじんわりと潤んで今にも泣き出しそうで、かわいそうで、可愛かった。

「……凛月?」
「ごめん。嬉しくてびっくりしちゃっただけ。泊まってくれるの、すごく嬉しい」

 二年前に「泣いてもいいよ」と伝えてから、はたまに、ほんとうにたまに、俺の前で遠慮なく泣いてくれるようになった。
 高校生じゃなくなったはあのときよりもちょっとだけ大人になって、感情のままに泣いたりはしなくなったのだろうけれど、むかしはたくさん我慢させてしまっていたから、今の方がの感情によく出会う。

 火照った頬に何度もキスをして、今度こそよろけてバランスを崩し、ふたりでソファになだれ込む。からは空腹の胃を刺激するような、夕飯の匂いがする。
 広めのソファは、夢で見た『二年後』で、が寝床にしていた。あのときの痕跡があるはずなどないけれど、がそこに収まっている姿というのはしっくりとくる。エプロン姿のを押し倒したままそんなことを考えていると、目の下を柔らかい指先で撫でられる。

「凛月、あの夢、見てるんだよね。私のせいで疲れさせちゃてるよね」
「ううん、いいよ。俺の知らないところで、どっかの俺としていたことは、知っておきたいし」

 正夢よりも鮮明な夢に、睡眠を好きじゃなくなりそうになることだって、何度もあった。眠れない日を味わったこともある。そういうときは決まってが一緒に眠ってくれたらいいのにと思っている。

「……そうなの?」

 大学の勉強と、学院を卒業してからありがたいことにぐんと増えた仕事で、と一緒にいられる時間は減ってしまった。おかげで、別々の場所にいながらも、今日はちゃんと無事でいてくれたのか、心配しない日はない。
 どこにどんな危険が転がっているかわからないのだ。この家から出ないでくれたらどんなにいいかと、歪んだ感情に支配される。なにも、縛り付けて自由を奪いたいわけではないのに、たまにそうしたくなる衝動を抑えられずにいる。

「……俺だって、あの夢みたいに、がいなくなっちゃうんじゃないかって怖くなることくらい、あるよ」
「そっか……。でも、大丈夫だよ。私はずっと、凛月のものだから」

 組み敷かれたまま腕を伸ばして背中を抱きしめてくれるがあまりにも可愛いことを言うものだから、今度はこっちの顔が熱くなる番だった。人の気も知らずに言っているとしたらたちが悪いと叱ってやりたくなったものの、服の裾から手を差し込んでも嫌がられなかったし、先ほどの涙の名残か、瞳が甘くとろんとしている。合わせた唇の隙間に舌を差し込めば、背中に回された腕の力が増して、ぐっと腰を押し付ける体勢になった。夕飯を食べるのは、風呂に入ってからでもいいだろう。
 今を生きるをすべて自分のものにしてしまいたいと思う。このぐしゃぐしゃになってまとまりのない欲望をいつか丸くできたら、そのときは、ちゃんとかたちにして贈りたい。