21.
「やっぱり真緒くんのほうが大きいね」
リビングのソファでお腹にタオルケットをかけてすやすやと眠っている真緒くんの寝顔を眺めながら小声で言うと、凛月は「いまでもちょっとずつ伸びてるんだよ。ありえないよねえ」と呆れたように呟いた。
「ま〜くんは一生成長期なんだよ」
もともとが夜型の凛月はともかく、私も午前二時を過ぎてもまだ起きていられる。立派な夜更かしの常連を名乗ってもいいだろう。
「そうなんだ……。大きくなった真緒くんを見られてよかった」
なにげないつぶやきは自分の最期を認めているようではっと心臓が凍りつく。呆れ顔をしていたはずの凛月も表情を強張らせてこっちを見ていたので、慌てて凛月の指を握った。焦っていたせいでその指もすぐに放してしまったのだけど、間髪を入れずに握り返される。
照明を落とした夜のなかでろうそくに灯った唯一のひかりが凛月のきれいな赤い目をゆらゆらと揺らした。その表面が水っぽくなっているのに気づくと、もっとずっと心臓が痛んだので「デザートがあるんだった」と、話題をすり替えた。
「デザートも俺がつくったやつ?」
「ううん、違うよ」
話に乗っかってくれたことに安堵して、小走りで冷蔵庫からお目当てのものを取り出してくる。そのあいだ、凛月はダイニングで私の動きを見つめながらじっと座っていた。慣れない手つきで小さめのスプーンを取り出しているときも、よく冷えたデザートを凛月の前に差し出した指先も、すべてを凛月に見守ってもらっている。
「ゼリーだ」
電気を消してろうそくの火だけに頼っているのは、出来上がりの粗雑さを誤魔化す目的もある。凛月の家にはおかし作りに必要な器具や材料はたくさんあったけれど、失敗して無駄遣いをするわけにもいかないので、かなりの時間をかけてゼリーを完成させた。味見の段階ではそう悪くはなかったが凛月が喜んでくれるかどうかは、あまり自信がない。それどころか、凛月がどんな食べ物を好んでいるのか知らない事実に意識が及んでものすごく気が滅入ったのだ。
「不味くはない……と、思う。やっぱり私もなにか作りたかったの。ごめんね」
「なんで謝るの?」
だって、私は世の中の恋人がするようなことを凛月にしてあげられていない。肌を触れあわせたりはしたけれど、私は、凛月の誕生日をどうやって祝ってあげてたっけ……。
とくべつな思い出になるような出来事や、がんばって手に入れたもの、作ったもの、それらを凛月にあげるということ。きっとなんにもできていなかったの、やっといまになって気がついたの、遅すぎたね。
「ちゃんと美味しいから謝らないでよ」
でこぼこしたりんごのいちょう切りを閉じ込めた透明なゼリーは凛月の口のなかに運ばれていく。
「そうじゃなくて……。料理は大変だし上手じゃないけど、凛月のために作るのは楽しかったから、もっといろんなものを作ってあげたりしたかったなって思ったの」
「……そういうこと言われると困るんだけど」
「ごめん……。でもいまはそればっかりで頭がいっぱいで、他になにも考えられない」
「、泣くの?」
「泣かないようにがんばってる」
望んでいた答えと違ったのか、凛月は納得のいかない様子で私のそばまでやってきた。感情の操縦が下手くそな私は鼻をすすってゆるんだ涙腺を締め付けている。
おもむろに凛月のひとさし指が伸びてきて目元をこすっていく。
まだ、泣いていないよ。
声にしたら泣いてしまいそうだったので黙ったまま凛月の指を受け止める。私が泣くと凛月は困るのでここは懸命になるところだ。
まぶたを閉じて、押し付けられた指の腹の熱を肌の深いところで感じる。触れると冷たくて気持ちのよかったはずの肌は私のものとおなじくらい熱い。
「……じゃあ、俺もがんばらないとね」
一瞬だけ唇を掠めたやわらかくてあたたかいものがなんなのかは考えたらいけないのだろう。そうしないと、きっとほんとうに泣いてしまう。
「が、がんばるんだったら、もうちょっと離れてもらえると助かるんだけど」
「やだ。一緒にごはんを食べたいって言ったのでしょ。ちゃんとが食べるところも見てるから遠慮しないで」
まぶたを撫でられてくすぐったさに目を開くと、眼前に迫る銀色のスプーンがきらめいていた。
「えんりょって、そういう」
「はい。あーん」
容赦なく突っ込まれたりんごゼリーはなんの変哲もない平凡な味をしていた。はじめて振る舞った料理としてはぎりぎり合格にしてあげたいが、もっともっと上手になりたいと望んでしまう。
凛月が私に与えたのはゼリーひとくちぶんだけで残りはすべて凛月がたいらげた。礼儀正しく「ごちそうさま」と手を合わせたあとは素早くカップを片付けていく。
「うん。やっぱり、のお世話をするのは楽しいねえ。もっともっと、早くに……気がついてたらよかった」
脳に眠気が混じってきたころに飛び込んできた言葉は子守唄よりもやさしく純粋で、凛月の微笑んだ顔によく似合っていた。