18.
は俺の恋人なんだから、と凛月が言う。凛月と「そうなった」のはいつからだったのか、だんだんとわからなくなっていく。凛月が私をどう思っているのか、だんだんと考えなくなっていく。
○
私が高校二年生になったのと同時に凛月も高校二年生になった。一年生を二回やった凛月は「三年間同じ道を歩けるね」とうれしそうに笑ったので、それがとても喜ばしいことのように思えて仕方がなかった。
「今日は夜遅くまで練習があるんだよねえ」
「え……」
れんしゅうってなんだろう。
聞き慣れない言葉が凛月の薄い唇から出てきたので驚いてじっと凝視すると「なに?」と欠伸混じりに問いかけられる。
「凛月がまじめなことを言うから……」
「うーん……まあ、ユニットに新しい子も入ってきて、なんだかやることが増えちゃってさあ……」
「そうなの?」
「俺もけっこう忙しいんだよ。だからさあ、膝枕くらいしてくれたっていいでしょ」
お昼休みに体育館裏で睡眠をとっていた凛月は果たして午前の授業に参加したのだろうか。ちゃんと授業に出て試験をパスしないと留年しちゃう気がしたが、そこはアイドル科としての活動を認められたら大目に見てもらえたりもするのかもしれない。そのためかわからないが、凛月は見かけ上はのんびりと学院生活を送っているし、真緒くんほど切羽詰まって練習に励んでいるようにも見えない。ただ、真緒くんは二年生になった途端になにやら大きな事件に足を突っ込んでしまったらしく、毎日が分刻みのスケジュールにより今世紀最大のてんてこまいで大変そうなのだけれど。
普通科に進学した私がアイドル科の実情にそれほど深入りはどうしてもできないので、凛月の言う通り、凛月に膝枕を提供してやることでしか凛月の手助けをしてあげられない。ダンスや歌の知識などないのだから当然だ。だから当然のようにもどかしく思う。誰にでもできることしか凛月にしてあげられないのは、焦燥感をひどく煽るのだ。胸がむっくりと痛みによって腫れ上がる。
なぜなら、凛月の近くには「プロデューサー」と呼ばれる女の子がいる。よくわからないけれど、プロデューサーといえばアイドルに近い存在である。去年や一昨年は凛月の近くにいなかった子が、いまはいる。そしたら、私は……。
「明日はと一緒に帰れるよ。アイス食べて帰ろうね」
膝枕で寝転がる凛月の目元を撫でる。
「……うん」
素直に頷けば、凛月は優しく微笑んで目を閉じたのだった。
「ひとりで帰るのか?」
図書室で勉強をしてから凛月にメッセージを飛ばすと、しばらくしてから「まだ練習中」と返ってきたので「先に帰るね」と一言残して帰路につこうとしていたら、後ろから真緒くんが走り寄ってくる。
「うん。凛月は練習で忙しいみたい。真緒くんは? 最近忙しいんでしょ」
「まあなあ。でも根詰めてても仕方ないし、今日は早めに解散することになったんだ」
「早めって、もう九時近いよ。真緒くん、どんな生活しているの」
「こんな時間まで残ってるおまえに言われたくないよ。なあ、一緒に帰るだろ」
「一緒に帰る!」
「威勢いいな。よし、凛月のかわりに俺が家まで無事送り届けてやるからな」
同じ道を歩けることを喜んでいた凛月は学校で踊ったりうたったり忙しそうにしている。真緒くんだってそうだろう。ふたりが選んだ道というのはそういうもので、普通科の勉強をしている私にはわからないことだらけだ。
真緒くんの髪が伸びた。声がだんだんと低くなっていっている。手の指が節くれ立っている。疲れを落とす横顔にはたまに哀愁が滲み、まったく知らない大人の男の人の姿を妄想させる。
真緒くんがこの頃起きたいろんなことをかいつまんで話してくれる。学年が入り混じった凛月のユニットとは違って、同学年だけの新しいユニットに加入して慌ただしく日々を送っているということ。ダンスや歌を試行錯誤しているということ。やがて話題は生徒会で任される業務が増えたという段になった。頼まれたら断れない気質の真緒くんが人一倍の仕事をこなすのは今にはじまったことではない。そして私は小学生のころ、凛月の家にプリントを届ける係に任命されていたことを思い返していた。興味本位で真緒くんについていったのが、すべてのはじまりなのだ。
「真緒くんってどこにいってもいつも真緒くんなんだね……」
「なんだそれ。当たり前だろ」
目の下にくまを作ってまでがんばっているのに、疲労を明るく笑い飛ばしてしまう人だ。むかしから変わらない。
「……でも凛月は、なんだか少し変わってきたみたい」
真緒くんと一緒にいると感じる安心感は、凛月と一緒にいるときには得られない感覚だった。
心臓がうねり、呼吸が浅くなる。凛月がいまどこでなにをしているのか気になってしまう。プロデューサーの女の子のことを名前で呼んでいるのだって、何度も聞いた。それもあだ名ではなく、ちゃんとした名前のまま呼んでいたのだから、私はどんどんちくちくしていって、しまいには頭を強く振って思考を無理やり追い出した。
「人間なんだから絶対に変わらないってことはないだろ?」
「そうだけど……。凛月、これからは三年間同じ道を歩けるねって言ってくれたのに」
「もけっこう甘えただよなあ」
「え!? 甘えたじゃないよ」
約束を遵守する凛月は「毎日一緒に帰ろうね」とは決して言葉にしなかったけれど、三年間同じ道を歩くというのは、そういう意味にとってしまう。
つらいときや悲しいとき、凛月はずっと一緒にいてくれた。それが取引のもとに成り立つ関係だとしても、なにも言わずにそばにいてくれたし、ときには頭を撫でたり、涙を拭ったりしてくれた。きっと凛月のおかげで生命ごと救われていた。
「私はただ、だんだん……、こうやって、凛月といる時間が減っていっちゃうのかなって思って……」
つらいときや悲しいとき、寂しいときに凛月と一緒にいたから、凛月がいなくて寂しいと感じたことが一度もなかった。人はだんだんと変わっていってしまう。凛月も、真緒くんも、私もきっと変容する。目には見えない速さでこっそりと変化していく。周りをよく見ていなかったせいで、気が付いたときには凛月がいなくてひどく寂しい思いをする羽目になったのだ。
凛月の熱に慣れてしまった私は、凛月と少し離れただけで、ひとり暗闇に取り残されたような気持ちに陥ってしまう。
「真緒くん。私、凛月がいなくて寂しいんだと思う」
気が塞がって落ち込んだ肩に真緒くんの快い声が降り注ぐ。
「、凛月のことが好きだもんな」
「うん……。凛月には言わないでね」
「喜ぶと思うけど、あいつ」
私はずっとずっと前から、凛月のことが大好きだった。
○