14.
凛月は、私の好きなひとは真緒くんだと思っていた?
この頃はやるべきことが少なく、考え事に脳みそを費やす癖がついていた。生まれてから、立てるようになるまで。それから、中学生まで。私という人間ができあがるさなかに起こるさまざまなこと。小学生になってから真緒くんに出会ったこと。真緒くんを介して凛月との繋がりができたこと。胸が散り散りになってしまいそうなくらいにつらい出来事があったということ。そうして生きていたら、凛月から離れたくなくなったという、大切なこと。
なにごとにも心を動かしませんと顔面に貼り付けて歩く凛月の涼しげな表情がだんだんと柔らかくなっていくさまを、まつげに触れられるくらい近い距離で見ていた。凛月に優しくされると、凛月に優しくしたくなる。きれいな横顔がさみしそうに俯いているとひとりで莫大な夜に放り出されたような心細い気持ちになる。凛月はいつからかあまり真緒くんの話をしなくなり、たまにするとひどく悲しそうな顔になった。そのときは決まって指先が冷たくなっているので、どれだけ強引に触れられていたとしてもすぐに凛月の変化がわかったのだ。
昼食をひとりで摂るようになって三日くらい経ったころ、ようやく花壇が完成した。ただシンプルに植えただけの花たちはそれでもきれいにみずみずしく咲いており、じょうろで水をやると夏の光を浴びて生き生きとしていた。
凛月はいつも正面の門から出かけるから、裏門を通らないと目につかない花壇の変化に気づいていないかもしれない。そうでなくても凛月は私を避けるようにして姿をくらましているので、花壇の話をしたくてもできない。
なので、今日は眠らずに凛月の帰りを待つことにした。凛月が私と口をききたくなくて頑張って早起きをして出ていくというのなら、眠るのを放棄するしかない。こうなったら意地である。
「……凛月!」
照明を落とした真っ暗闇のなか。タオルケットに包まって息を殺し、ただひとりを懸命に待っていた。
そのひとは真夜中のちょうど零時くらいに帰ってきた。リビングに光がともっているとわざとリビングを回避されるかもしれないとあやぶみ、わざと暗闇をつくったのだ。長い時間そうしていたおかげで夜目に慣れ、真緒くんの時計で時間を確認した。明け方までの耐久戦になると覚悟していたので、思ったよりも早く勝負がついてびっくりする。すると同時に喉から大きな声が出て、反射的に凛月の名前を呼んでしまった。
「……寝てなかったの。寝てると思ったから、さすがにびっくりした」
「待ってたの、凛月のこと」
「どうして?」
なんてつめたい声。夜目に慣れたせいで凛月の赤い目がよく見える。やわらかく細められた目が凍りついたような色をしているところまでしっかりと認識してしまい、逃すまいととっさに服の裾を掴んだ指がかすかに震える。
「花壇、完成したって教えたかったの。お花きれいだよ」
「完成したんだ。にしたらけっこう早かったね。がんばったねぇ、えらいえらい」
すらすらと夜を滑る声は無機質で、早く会話を打ち切りたいという意思が陰でこちらを伺っていた。
負けるものかと唇をかんで、指に力を入れる。皺ができた裾を一瞥した凛月はゆっくりとしゃがみこみ、タオルケットで背中を守りながらソファで三角座りをしている私を見上げる。
「花壇ができても、ま〜くんに頼んであるからまた来てくれると思うよ」
真緒くんに頼んであるって、なんだろう。この凛月はたまによくわからないことを言う。
「でも真緒くんにもお仕事とかあるでしょ。無理してくれなくても、私はひとりでもお留守番できるよ。家事もできる。凛月がぜんぶしなくてもいいんだよ」
「だめだよ」
つめたい色をしていた赤い目に温度が差し込んだ。ふわりと笑うのでほっとして手を離してしまった。あんなに離すまいとしていたのに、油断してしまった。また凛月を捕まえようと腕を伸ばすも、隙を与えまいとする速度で立ち上がった凛月は「絶対にだめ」と念を押す。
「最初に言ったじゃん。まだ若いをお世話するのは楽しそうだって。実際楽しいし、は居候なんだから俺の言うこと聞きなよ」
この状況は凛月にとって恋人でもなんでもない人間を家に置いている感覚なのだろう。そう思おうとした。この凛月は「私」に対して特別な感情を抱いていない人間だから、くっつくのをやめたし、わがままも言わないように気をつけていた。だけど、会えない日が増えると前も後ろも見えないほどの深刻な迷子になるのだ。凛月がいないとなにもできない。凛月に、そばにいてほしい。
「お世話をするとか、そんなの、凛月らしくない……」
手は離れてしまった。凛月を繋ぎとめるために、とにかく口を動かした。
「俺らしいってどんなの?」
心のこもっていない言葉は凛月には刺さらず、しかるべき返答は導き出せない。黙って見上げるだけになった私に「おやすみ」だけを残して、冷蔵庫にも寄らずに出ていってしまう。
凛月がいない部屋の時間はどこまでも静止している。音もなく、においもない。タオルケットに残る自分の体温がなんだか白々しく、ぽっかりと巣食いにかかる虚しさをやり過ごすために無理やりまぶたをおろすと、目の縁から一滴の涙がこぼれ落ちた。