13.
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目には見えない月日を重ねるたびに、凛月は私に優しくなっていく。高校生活が大変なのだろうか、黙ったまま俯いていたり、お腹に顔をうずめたりしてきたりすることが増えた。凛月は涼しい顔でなんでも飄々とこなすイメージが強かったので、なんだか弱っているような態度をとられるとものすごく愛おしくなってしまい、丸い頭をよしよしと撫でていた。
木枯らしが街全体に茶色っけを落とす。三年目の制服は着慣れたけれどそろそろよれてきたようで、はやく新しい制服を着たいと思う。
進路希望の用紙には凛月と同じ高校の普通科を書き込んでいた。凛月が高校生になってから、ずっと、ずっと、おなじ場所に行きたかったの。
「ねえ。勉強ばっかりしてないで俺のこともかまってよ」
英語の長文を読むのには集中力が要る。首にぐるりと腕を巻きつけてくる凛月にかまいながら問題を解く器用さなど持ち合わせていないので、当然のように英文は途切れてしまう。
「勉強しないと高校に行けなくなっちゃうでしょ……」
「ちょっとくらいさぼっても変わんないよ。たまには息抜きしなきゃあとで痛い目に遭うよ」
さぼりの名人である凛月に言われると、どちらかといえば息抜きのしすぎてあとで痛い目に遭うという意味にとれる。
真緒くんと私はまだ中学生であるので、凛月はひとりで高校に通わなければならない。ちゃんと通っているのか余計な心配をしているのだけれど、案の定というか、凛月の出席率はそこそこ最悪を記録しているらしい。
「凛月と息抜きしてたら絶対だめになっちゃう……かも」
勉強だけではなく、身体のことだ。凛月だけにあげたものがいくつもある。それを後悔していないけれど、人生だとか壮大なものを凛月にあげる覚悟はまだない。
「俺はとだめになってもいいけど、が高校に落ちるのは困るから落ちない程度にがんばってねぇ……?」
「困るんだったら離してよー……」
「だぁめ。俺、疲れてるの。ちょっとくらい癒してよ」
細身の身体からは想像できないくらいに凛月の力は強く、私ごときが抵抗したところで巻き付いた腕が解けるはずもない。いずれは絞め殺されでもされそうな力加減に立ち向かうのを諦めてされるがままになる。ペンと参考書を放り出してしまう。
お腹を撫でる手や、首筋に寄せられるくちびる。疲れているらしい身体はあの高校に入ってからさらにぴかぴかと磨かれており、どこに触れてもほどよくかたく、やわらかく、気持ちがよくてだめになる。
「……り、凛月、だめ」
「え〜……? なんで」
「勉強したい」
「ん……、もうちょっと」
「もうちょっとってなに!」
「ちゅーしようよ」
「……やだ」
「やだ」
「やだじゃない……、凛月、怒るよ!」
凛月の部屋に数多く置かれているクッションのひとつに背中を受け止められる。ぐ、と息を飲む。覆いかぶさってきた凛月は遠慮なく私の首筋を吸い上げた。びくりと跳ねた身体を見て愉しそうに笑う笑顔はまるで悪魔のようだ。
「やぁだ、って、凛月……!」
一緒にいるときにやたら触れられるのには慣れたが、無理やりされたことはあまりなかった。自然と心に怯えが走る。それを悟られないように顔を逸らして凛月の胸をぐいぐいと押し返していると「……ま〜くん」と、いつのまにか喜色を落とした表情で口を開く。
「ま〜くんも夢ノ咲を受けるんだよ。知ってた?」
小学生のころに体験したちょっとした事件を「なかったこと」にしながら、真緒くんとの交流は続いていた。中学三年生になった真緒くんは私と凛月の関係を気にしているようでもあって、以前のようにちょくちょく話かけてくるようになり、なにかの流れで高校受験の話もしたように記憶している。もともと運動神経はよかったけれど、まさか真緒くんがアイドルを志しているとは知らなかったので、はじめて聞いたときは驚いたものだ。でもすぐに祝福した。ひとのためになにかをするという行為は、どんな手段であれ真緒くんにしっくりとよく似合う。
「はかわいそうだねえ。ま〜くんのことを諦めたかったのに……。慰めてあげようか?」
突拍子もないことを言われたのをきっかけに視線を凛月の顔に戻したときには、凛月は痛いくらいに切実そうな顔を潜めてすでににこにこと笑っていた。
凛月はたびたび私と真緒くんを結びつけるような発言をする。黒いカーテンで窓を覆う部屋に入り浸るようになったきっかけは真緒くんだけど、凛月から離れられなくなっているのは私のせいなのに。
撫でられたりくっついたりするのは、とても好きだと思う。でも凛月のつらそうな顔は、何年経っても好きになれそうにない。
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