7.
凛月がそうめんを茹でているあいだ、ソファに寝転がって動けなかった。涙はとっくに止まったけれど頭の全体がもやっとしたもので覆われており、意識がはっきりとしない。
「俺は出かけるから、気が向いたら食べてよ。おそうめん、美味しいよ」
帽子をかぶった凛月は私の目尻を撫でてから出かけていった。凛月の優しさにふさわしいお返しをなにひとつできていないし、できる見込みもない。それに気づいたら用意された食事に手をつけづらく、まだ蒸し暑い夏の夕方が包む庭へと足を伸ばした。そこで凛月の家から出られないことの実験をして、予想は確信へと近づいた。凛月のおうちは私の箱庭になってしまったらしい。
私は凛月の家から出られない。出ようとすれば、ひどい頭痛に襲われて意識をうしなってしまう。まるで未来の情報を収集させまいとするような強いバリケードだ。
どうせ凛月の家から出られないので、外に出ようとしたことにより発症する頭痛がおさまったころに家の中に戻り、そうめんを少しだけ食べた。
その日も凛月は夜遅くに帰ってきたようで、私はソファに横たわってうたた寝をしていたのだけれど、だいぶ残してしまったそうめんの存在を思い出して飛び起きた。
「おかえりなさい」
「ただいま。食欲なかった?」
「えっと……。ごめんなさい」
食べられなかったそうめんが捨てられる可能性を思い出してぞっとしたのだけれど、そうはならずに、ラップをかけられた透明なガラスの大皿は冷蔵庫に仕舞われる。
「気にしないで? ずっと顔色悪いし、ちょっとでも食べてくれただけでいいから」
凛月は私にタオルケットをかけながら「おやすみ」と言う。今日は一緒のベッドで眠らないのだと知ると悲しくなったが、本来そうあるべきなのだ。この凛月と私はなんでもないのだから一緒に眠る方がおかしい。一緒に眠ってばかりいたから感覚が麻痺しているのだ。ただそれだけ、それだけ。
うたた寝から中途半端に起こされた私には凛月のベッドに移動する力も残っていなかったので、そのまま深い眠りについた。
昼頃に目をさましてしばらくしたら凛月が起きてきたので、一緒に食事をとった。私は今日もあまり食べられなくて、凛月が丁寧に洗ってくれたきゅうりに柚子胡椒味噌をつけてかりかりと齧って遅めの昼食を済ませる。それからひとりでお風呂に入った。
「家のものは好きに使っていいからねぇ。デザートも作り置いておくから、ごはんが無理だったらそっち食べて」
この日も凛月は私の髪を乾かして食事の準備をしたら出かけていった。夏なのでドライヤーをかけられると肌がしっとりと汗ばむ。しんと静まり返った室内に裸足の足音がぺたぺたと大きく鳴る。冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注いで飲み干すとお腹がいっぱいになり、凛月が作ってくれた食事を視界に入れないようにして庭に出た。
表の門は凛月の手によりしっかりと施錠されている。鉄扉は冷たくそびえ立っている。厳重に閉じられなくても、あの責め立てるような頭痛を身体に直接覚えさせられているから、敷地外に出る勇気はなかった。
数日経っても食欲が戻ることはなく、凛月の表情はだんだんと落ち込んでいく。それにともなって私の憂鬱は増していく。
ひとりでなんでもできてしまう凛月は、私がいなくても困らないのだ。
私の誕生日を忘れて寝こけている凛月に会いたい。心の底から切にそう願う。