寂しいときに寂しいと言えないから、回りくどいやり方で気を引いてみせて意地を張るくせに、結局ちゃんと甘えてくるところがたまらなく好き。
「、起きろ~! 朝だぞ」
「あさ……あさ、なのね……。でも今日はおやすみの日……」
真緒のライブは土曜日だから、日曜の今日はお休みなのだ。記憶に貼付けられていたカレンダーにもきちんと記されている。秋特有の乾いた空気から逃れるようにして布団に潜り込み、瞼をおろして大きく息を吸い込む。昨日はたくさん泣いてしまったからものすごく疲れていた。真緒がどれだけ私の名前を呼ぼうとも、起床は困難。
「……え、真緒?」
布団を蹴り上げる、既視感。真緒の夢を見たライブ当日の朝も行儀悪く起床をしたのだ。今日は昨日? そんなはずはない、だって真緒がまじまじとこちらを覗き込んでいる。
「お。やっと起きたな」
昨日と全くおなじ、制服のブレザーを脱いだだけの真緒はおろした前髪を揺らして笑う。はっとして上体を起こし、己の身なりを確認すると、これまた昨日と同じ格好をしていた。スカートは皺になってしまっているだろう。心無しか身体が重たく、パジャマが恋しくなる。
「な、なんで真緒が」
「言っとくけど、なにもしてないからな」
「なにもって?」
「そりゃ、そういうことだよ」
「そういう、こと……」
深く考えると身体が熱くなりそうだったので思考を打ち切り、ベッドに戻るかどうか迷ったが布団から這い出て真緒の正面に立つ。カーテンの合わせ目を割って朝陽を部屋に招き入れる。光の粒が頬を転がっていく。
「おまえのために一応説明するけど」
このひとは誰にもできないような優しい力でベッドに座らせてくれる。寝起きの顔なんて見られたくなかったけれど、泣き顔を見せてしまったのでもう今更だと思う。こうなったら自棄だ。
「昨日、ソファで寝てしまったが起きるのを待ってたんだけど全然起きねえから、ベッドまで運んでやったんだ」
「え」
「凛月の言う通りだったなあ」
「なにが」
「重たくなってたって」
「ひどい」
「それだけじゃないけどさ」
「どういうこと?」
問いかけには答えず、そっと手の甲を撫でてくる。あらためて自分の部屋を見渡すと、床に置きっぱなしになっている教科書や、机の上でだらしなく口を開いて中身を見せつけている鞄、半分開いたクローゼットなどが目につき、お世辞にも綺麗だと言えない状態に恥ずかしくなり、いますぐ真緒にこの場から去ってもらいたくなる。
そういった意図を込めてじっとりと視線を送るが、鈍感なのかわざとなのか素知らぬ様子で手を握ったままじっとしている。昨夜、眠る寸前していたみたいに、ぎゅっと握っている。そうだ、そして、私は真緒に好きだと告げたんだ。ずっと言おうと思っていた。これを言わないと死ねないとさえ思っていた。長年あたためていた気持ちを言葉にしたらなんだかすごく安心してしまって、全身の筋肉がふっとゆるんで眠ってしまったのだろう。
「起きちゃったし、朝ごはん作ろっか」
朝ごはんを食べて、真緒が帰ったあとにシャワーを浴びよう。ちゃんと着替えたら部屋を片付けよう。いまならなんでもできてしまう気がした。昨日よりも魔法みたいに光っている日のように感じるのは、真緒がいるからだろう。おそらく、たぶん、きっとそう。
「なにがいい? お味噌汁?」
「うん、」
「あっ、まだ眠い? そういえば真緒はいったいどこで寝た……の」
立ち上がっても繋がったままの手。昔と変わらない赤毛の真緒を見下ろす。昔はしなかった照れくさそうな笑顔を永遠に見つめている。
「俺、のことがめちゃくちゃ好きだなあ」
その言葉は私の思考を止めてしまうのにじゅうぶんすぎるぐらいの力を持っており、夢ではないことを確かめるように深く瞬きを繰り返し、握りしめる手の感触に寄り添う。くいっと引っ張られる強さが与えてくれる現実を飲み込めないまま、キッチンへと向かわされている。
「なんでもいいよ、味噌汁でもパンでも」
「……あ、うん……じゃなくって!」
「米なら俺が炊いてやるから」
「ちがう、真緒。いまなんかすごいこと言ったでしょ」
薄暗いリビングに到着し、立ち止まる。カーテンを開けなければ。
「返事をする前に寝てしまったの、だろ。だから俺は帰るに帰れなくなって……」
だんだんと塗り替えられるように赤くなっていく耳のてっぺんが、髪と同じ色に色づきかけている。しんと静まり返った家にふたつの声がこそこそ話をするよりも大きく鳴っている。恥ずかしいのを我慢していたのだろうか、真緒の口調はやがてたどたどしくなり、照れくささを誤摩化すためかすこし怒ったように顔をそらす。
「好き」
「……繰り返すなよ」
「ちがうよ、これは私の気持ち」
「昨日ちゃんと聞いた」
「でもまた言いたくなったの」
「おまえはそういうところが素直だよなあ」
「真緒はもう言ってくれないの?」
二度目がなくても一度目があったから、それを心の隅に置いて一生大事にしていられそうだったのに、お腹が空いていたから欲張ってしまい、なにげなく口にした。
今晩、この家にひとりではなくなる。だけどまたひとりになる。子どもじゃなくなったけれど、真緒を引き留めることを許されたような気がした。
だれもだめとは言わなかったのに、ずっとできなかったことたち。好きだと言えたこと、言ってもらったこと。十日間を使ってようやく手を握ることができるようになったということ。
「……朝飯食ってからな?」
重たいカーテンを開く。ずっとずっと照れっぱなしの真緒の柔らかい緑色の目は東のはてからのぼる朝陽を含むとさらに優しげに溶ける。部屋は新鮮なひかりに満ちていく。今日は二人でふたりぶんの朝食を作る。