朝の光よりも眩しい色をした光線を掻き分ける。カラフルな紙吹雪を頭から浴びた。額に汗を浮かべた真緒がマイクに息を吹き込む、色とりどりの音がマイクを通っていく。すこし規模の小さいらしい会場にいっぱいに響く、懐かしい歌声。あらゆる音階がステージの上でうたっている。奇跡みたいな光景が肌にしっとりと馴染んでいく。
○
ずびずびと鼻をすすっている私を見守る凛月が背中をさすってくれる。宥めるように、からかうように。何度も何度も撫でられる。
高校にしては豪華すぎるくらいの庭で、隠れるようにして凛月と踞っていた。他にはだれもいないので、秘密の場所みたいな静寂で満たされている。名前も知らない綺麗な花がたくさん咲き乱れる静かな庭が紺色に塗り替えられていく。もうすぐ、夜だ。
「泣いてんじゃん。ほぉんと、って泣き虫」
貶すような口ぶりなのに、声音はすみずみまで優しさで満ちている。凛月のそういうところがたまらなく好きだと思う。
夕方になる少し前に迎えにきてくれた凛月に大口を叩いたことをぼんやりと思い出す。「今日は泣かない」って。凛月はまともに取り合っていない様子で「がんばって」と気のない応援を寄越したのだけれど、私の決心なんていとも簡単に頽れたのだから、やっぱり凛月に隠し事はできない。これは一生ものの礎だ。
「だって……感動したの」
真緒が一番前の席を用意してくれていたこと、一瞬だけではなく、何度もこちらに視線を投げてくれたこと、心の芯からうんと喜んでくれているような、優しい表情で笑ってくれたこと。
歌が上手になっていた。知らないダンスを踊っていた。真緒と一緒に歌っているひとたちがどんなひとか、私は知らない。怖いと耳を塞いで知ろうとしなかったから、なにも知らない。だけど知りたい。これからはちゃんと知っていきたい。
「知らないあいだにあんなに……あんなに」
「なに?」
「かっこよくなってたんだね」
「うわ」
げっと距離を置くような低めの声にしては、にっこりと微笑んでいるので困惑する。握りしめていたハンカチを意味もなく畳んだり開いたりしていると、ぬっと伸びてきた凛月の指が頬を撫でる。繊細そうな見た目に反して、長くかたい指だ。ピアノをしている指の感触は、うんと幼いころから傍にいる。
「惚気ちゃってさ、むかつくよねえ」
あの歌が染み込んだ心臓はなかなか落ち着かないが、悲しいわけではない涙は凛月に慰められることで着実に落ち着いてきており、鼻をすすって触られるがままになっていた。頬、鼻、目の下。それと濡れた横髪。
「ま〜くんはね、ずっとかっこよかったよ。やっと気付いたの? それに、ま〜くんはなにも言わなかったけど、ずっと、ずっと、に見てもらいたかったんだと思う。ねえ、写真を見なくてよかったでしょ」
「……うん」
今日のために用意した膝丈のスカートを何度も撫で付ける。凛月がまとめてくれた髪はまだちゃんと整えられたままだろうか、わからない。秋だというのに額に汗が滲んでいるから、乱れてしまっているのかもしれない。だけど手鏡を取り出す余裕もなく、まるでそうすることで心も整理整頓できるような気になって、手で前髪を梳いて気持ちだけを整える。
「りっちゃん、ありがとう。いままでのこと、全部全部ありがとう」
今よりも肌が青白かった小さなころの面影を残したまま、すっと大人びたような凛月の指をきゅっと握って、深く呼吸しながら告げる。
「……あと、これからも、よろしくね」
木々が眠り、花がそっと揺れている。時間がゆったりと、こんこんと湧き出るような、不思議な庭だと思う。まるで凛月そのものみたい。青い月がやわらかい色を放ってつむじの上に降り注ぐ。
「じゃあ、今度は俺のライブにも来てもらおうかな」
指を握っていただけの手は器用に絡めとられ、ぎゅっと握りしめられる。ライブの最中、泣きそうになりながら手の甲をぶつけたら強く握りしめてくれたあのときの支えを思い出す。
「俺も変わったから、、また泣いちゃうかも」
「りっちゃんは私に泣いてほしい……?」
「うん。の泣き顔、けっこう好きだから」
良い笑顔で言い切られるとなんとなくむっとしてしまうもので、意地悪の意思を込めえて手を強く握ってやったのだけど、たぶん痛くも痒くもないのだろう。
月の輪郭がくっきりしていくにつれてだんだんと機嫌がよくなっていく凛月は、穏やかな笑顔に優しい声を乗せて、耳に寄せた口でそっとささやく。
「そのときになったら、俺のことも凛月って呼んでね」
だからいまはまだ子どものままでいてね。
握っていない方の手が持ち上がり、指切りげんまんのために立てられた小指がかすかに曲げられた。引き寄せられるように自然と絡まった小指に約束を閉じ込めて、きゅっと結ぶ。
りつ、凛月。朔間凛月。喉の奥だけで反芻した名前はまだ音にならないけれど、真緒のとなりで凛月の歌を聞いた日にはきっと、必ず。