「ふたりとも一人暮らしなんだから、一緒に寝ちゃえば?」

 凛月はにっこりと笑って爆弾を落とし、真緒は履きかけのローファーから足を浮かせた。

「……馬鹿なこと言うなって。それは、なんか、いろいろだめだろ」
「でもどうせ朝と夜は一緒に食べるんでしょ。いちいち家に帰るのめんどくさそう」
「俺の方が寝るの遅いし、を俺の生活に合わせちまったらかわいそうだろ」
「平気平気。は俺のお腹に頭乗っけて寝こけるほど神経が図太いから。どこでもいつでも眠れるよ。ね、
「そう、だけど……。真緒がだめって言うから、やめとく……」

 そう、とあっけなく引き下がった凛月が上がり框からおりて靴を履いてしまったので、この話はこれでおしまいになった。真緒は履きかけだった靴をしっかりと履いて、玄関の鍵しめろよ、と釘をさす。
 明日の朝の約束と、甘いようなおやすみの声。

「あ、そうだ。ま〜くん。、知らないうちに結構重たくなってたよ」
「はあ? なんの話だよ……」

 難しい顔の真緒に手首を掴まれてぐいぐい引っ張られていく凛月はにこやかに手を振って「おやすみ」と言い残した。
 二人の幼馴染はなにやら楽しそうに会話をしながら去っていく。二人との距離が開けば開くほど寂しくなるのは目に見えているので、背中が見えなくなるまで見送るなんてできず、早い段階で家の中に引っ込んで真緒の言いつけ通りきちんと鍵を締めた。
 静寂が耳に痛いくらいだったので慌ててテレビの電源を入れたとき、意地を張らずに泊まっていってほしいとお願いすればよかったかな、と後悔をした。凛月の提案を却下した真緒はきっと嫌がるだろうけれど、種類豊富な甘やかしの手札を揃えている幼馴染はたくさんお願いをすれば叶えてくれるだろう。
 おそらく私は夜道を怖がっていたころよりも素直じゃなくなったから、二本の足を怖々と動かすことでしか家路に着く方法しか知らない。





 朝ごはんと夜ごはんは一緒に食べるけれど、朝の真緒も夜の真緒も時間に追われているようで忙しく、交わす言葉はそれほど増えていなかった。学業と生徒会の仕事と部活動に加えて、もうすぐライブを控えているから、これからだんだんと忙しくなっていくらしい。
 それなら私とのんびりごはんを食べている暇などないのでは。夕食のあとまたあの学院にとんぼ返りしていることもあったし、短いとはいえない通学時間をもっと他の……たとえば、真緒自身のうたた寝にあてられたのなら、目の下のくまも薄くなると思う。そう、わかってはいるのに、口を噤んでしまうのは、真緒と一緒にいられる時間を手放し難いからなんだろうけど。


「それで、にもライブに来てもらいたいんだけど……おい、聞いてるか?」
「ん、んー……?」

 ライブの準備や部活の朝練をこなしている真緒に合わせて早起きをしているから、朝ごはんをたくさん食べるようになった。朝早くからよく動いているせいだ。
 納豆をこねる手を止めて向かいに座る真緒に視線をやると「ラ、イ、ブ」とゆっくり言い聞かせるようにしてはっきりと口を開いて告げる。

「ライブ」
「な、招待するからさ」
「……でもあの学院、入りにくくて」
「凛月がおまえの面倒みてくれるって」
「ええー……うーん……」
「一回も来てくれたことないだろ。俺はそろそろ、おまえに観てもらいたいんだけど」

 赤や黄色や水色のカラフルな色のチケットをそっとテーブルの上に置き、照れたように笑う。そんな表情を向けられて邪険に扱うというほうが難しく、だけど、これまで真緒に誘われるたびにその笑顔を踏みにじってきた。そろそろ限界だった。こんなのはいくらなんでもずるい。断りたくないから誘わないでほしいってわかってくれないの、わかってくれているのだろうか。

「ダンスも歌も、それなりにうまくなった。はライブあんまり好きじゃないんだろうけど、でも」
「え、好きじゃなくないよ」

 ライブに行きたくないわけではない、そんなのはあたりまえのことだ。嘘なんかじゃない。私はただ、私の知らないところでいろんな人のために歌ったり踊ったりしている幼馴染のことを思うと胸がきゅうっとなって、寂しくて、だんだんと育っていく真緒の活躍を素直に応援できない浅ましい自分が嫌でたまらないのだ。自分で自分の首を締めているせいで泣きたくなるくらいに息苦しい。

「……なんだ、はそういう場所が好きじゃないかと思ってた。むかしはよく歌を聞かせてやってたけど、それもなくなったしな。嫌いになったんじゃないのなら、よかった」
「真緒の好きなもの、嫌いになんかならないよ」
「それ聞いて安心した。じゃあこれは受け取ってくれるんだよな?」

 つるりとした質の綺麗なチケットは誰かの手に渡るのを待っている。きらきらしている。アイドルというものも、舞台に立つときらきら輝いていて、手を伸ばしたところで触れることなんてできなくて、朝ごはんを食べている姿を想像できないくらいに、遠い。遠くなった真緒を瞳に刻み付けたくなかったから、往生際悪く一分ほどたっぷり逡巡して、震えそうになる指先を伸ばした。

「ありがとな、

 お礼を言うのは真緒ではなく私なのに、乾いた喉にべったりと貼り付いていた声は意味の持たない空気を吐き出しただけで、安心したように笑う真緒は目に悪く、肺の中は途端にむずがゆくなる。